書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「廻田の雨降り」第8話

  故に、カフェ自体も店主の個性を受け継ぎ、老若男女奇人変人、どんな客であろうと大歓迎なのであった。

 

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   アパートからNo.33のある廻田までは二駅分あったが、桔梗は台風でも無い限りこの距離を自転車走行した。何せ稼ぎが少ない。自転車は桔梗のアシであり、このアシは唯一無二のアシなのだ。

   

   自転車は目にも爽やかな、淡く涼しい翠色をしている。風に揺れる南国のヤシの木を想起させることから、桔梗はこれをココナッツ号と命名した。

  以来、ココナッツ号は雨風構わず桔梗を乗せ、南国の上機嫌で走り続けていた。路地という路地をくぐり、それこそ、どこまでも飛ぶように日々駆け回っていた。

 

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  従兄の三千雄は四十目前でありながら、まるっきりそうと見えない若造りである。あれこれ問題を起こし遠回りして大人になった質だったが、昔から面倒見だけは非常に良かった。オカシイ言動の横で、稀に見る人の良さが同居しているのである。

 

  だから桔梗は三千雄が好きだった。ひとりっ子の桔梗は子供の頃から、三千雄にいさん三千雄にいさんと、この従兄を実の兄と慕って育ったのだった。 

 

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   三千雄は三千雄で、家の外壁を許可なく塗装したこと、塗装の色が蛍光ピンク一色であったこと、それを発端とした奇天烈の数々のせいで親戚中から村八分を食らっていたこともあり、桔梗には気楽らしかった。会えばスッカリ呑気を発揮して、得体の知れぬ自作のイラストやら、昨晩見た夢から着想を得たという、どうにも不可解な詩歌など数々の創作を、待ってましたとばかりに寄越すのである。

 

    しかも三千雄は芸術の志者ではまるでなく、好きな時に好きなことをするのみ、好きにオカシイ絵を描き好きにコーヒーを淹れ、好きに厨房で腕をふるうのであって、要は根っからの自由人というわけだった。

                                   (第9話へつづく)