「廻田の雨降り」第11話
「キキちゃんみたいなアイスコーヒー党には堪らないはずだからね。まずお客さんはサイズ感にウットリ、次に冷え冷えコーヒーにウットリ、飲み干したらああ美味かったとウットリして欲しいのだ。どうだろうキキちゃん、ひとつ、ゆっくりして行きなよ。僕は何せ忙しいから相手が出来ないのだけれど、今日は湘子ちゃんがいるから」
二人は従兄妹らしく気楽で、十分ほどたわいもない会話を楽しんだが、来店ベルが鳴ってお喋りはおしまいになった。
三千雄は、
「あと、またこっちも。キキちゃんコレはね、仕上げるのに一晩費やしたのだ」
と、やはりいつものように、オカシな自作イラストが数枚入ったクリアファイルを桔梗に手渡した。またそこでお喋りが始まった。壁の向こうで三千雄を呼ぶ、湘子の声がしたところでようやく、この気の良い従兄は、痩せて長身の体躯を縦にヒョコヒョコ揺らす独特の歩み方で、足取り軽く厨房へ戻って行った。
一方桔梗はと言うと、しばらくコーヒーに陶酔した。湘子も言ったが、三千雄のコーヒーには一体、治療薬のような効能がある。何時だったか、コーヒーには淹れる人間の人格、辿ってきた人生が溶け込むと評した雑誌記事を読んだことがあった。
成る程そうかも知れない。三千雄の人格が溶け込んだコーヒーが故に、飲んでいて愉快なのである。
どうやら今日は、読書が進むようである。物語半ばで億劫になっていた、パリの胃袋の続きを読んでいる。
(第12話へつづく)