書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「廻田の雨降り」第13話

   蜜月みたいな読書時間を、過ごすはずだった。

 

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  ところがろくでもないのである。ああ、馬鹿だ、馬鹿だ。馬鹿な読書だ。馬鹿な神経だ。

   桔梗は厳しい表情でさらに考えた。暗い考えばかりがこんこんと湧き始めた。

 

 

   ....この読書が無駄になったとすると、その後、自分はどうなってしまうのだろう。

 

  実のところ、桔梗はこの点が不安なのだった。律儀の読書を遂げなかったことが、何か、不幸のような、破滅のようなものを運んでくるように感じた。周りのお客達がわーッと盛り上がり、彼らの明るさが明るいほど、彼女は暗かった。たった、一人だった。

 

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  律儀は危険だ。いくら識っていようと、思えてしまう。茶番だと笑いとばすことも出来ない。

   苛立ちを「視た」。

   それが全ての起点だった。何やら事情がごろごろ坂を下り変化していった。もう周囲のお客たちが不平不満話を繰り広げれば、それがまるで関係のない自分についての不平不満のように感ぜられて、また彼らが笑えば、それは不甲斐ない自分を識った彼らの嘲笑う所と思えてしまう。ー周囲の視線も気になる。自分の見てくれが変でないか、いやに気になり出した。頬杖をついたり、髪の毛をいじったりした。

 

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  燻っている。

 

  今日も結局痩せこけた。コーヒーの高揚はとっくに遠のいて、駄目だ駄目だと誰かが喚いている。

 

   三十分ほど落ち込んだ。

   ようやくアパートへ戻る決心がついて、湘子が、随分ひどいようだが大丈夫なのか、デパス(抗不安薬)は飲まずにいて辛くないか訊いた。

 

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  「デパス飲んでも同じ、同じですよ湘子さん。何も変わっちゃくれない」

ガッカリの勢いで言うと、湘子の心配顔は一転、思いがけず明るくなった。

 

                        (第14話へつづく)