「廻田の雨降り」第14話
半ばヤケッパチで放った桔梗の言葉を、湘子は勘違いして薬依存の克服の気概と受け取ったようだった。
肩をポンポン叩き励ますものだから、反駁するにもできず仕舞で、桔梗は笑顔の湘子に見送られてカフェNo.33を後にすることになってしまった。
ーへんな一日になった。
良いんだか悪いんだか。白・黒、足して割ってグレー、しかしグレー は不安だ。
家を出た時に燦々と照り注いでいたあの太陽は、もうとうに不在であった。空は息詰まったように曇っている。レゲエとアイスコーヒー、そうはしゃいだ正午が、もう十年の昔のようである。
唯一ココナッツ号だけが、変わらぬ涼しさで桔梗を待っていた。
ト、と息をつく。そして漕ぎ出した。
廻田から自宅までの道は、往路抱いた心地とは比べ物にならない。つまらない。味気ない。ただ曇って、ただ灰色に、ただ落胆に。
肩を落とし、ヌボゥヌボゥとペダルを漕いでゆくよりない。
梅雨を前に、路のあちこちから土の温気が漂っている。むせかえるような温気と、新芽の緑色の瞬き合いに圧倒された桔梗は、軽い目眩を憶えてくらりとした。その緑の舗道を、ココナッツ号はゆっくり、ヌボゥヌボゥのままに遅々と進み行く。
こう蝸牛の速度で漕いでいると、街行く人々もまた、緩慢に動いて見えてくるのだから不思議である。
午後四時の廻田、住まいの新銅カ窪までの道程には、油断のような隙が所々にあった。誰もが中途の時間を止む無くやり過ごしているようにも見えた。勢い溢れるは萌え出ずる緑ばかり、店々の軒では、呑気に休む老人などがいた。
桔梗は、ふとココナッツ号を停めた。
ジェラート屋のワゴンが、道先に停車している。
(第15話へつづく)