書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「廻田の雨降り」最終話

   しばらくすると、商店街が姿を現わす。

 

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   昔からの学生向け古書店が軒を並べ、定食屋なども多い。ヴィンテージ品を売る店もまた連なって、新旧織り交ぜの店々がそれぞれの商売に勤しむ。何と無くざっくばらんで、うるさくない。

   お客達はみな、遠慮の無い買い物を楽しんでいるようだった。老店主の営む風鈴屋があり、風鈴のチリンが鳴り、桔梗が隣の古着屋の軒にぶら下がった、水玉模様のワンピースに目を留めた、丁度その時だ。

 

  「ーあ、雨」

 

 誰かが言った。その一言に思わず空を仰いだ。すると点眼薬みたいに、大きな雨粒が右目にピシャと落ちて、桔梗の視界は一瞬揺らいだのだった。

  「ああ、雨だ」

  「雨だわ」

  「おい、雨が降ってきた」

 

   道行く人が次々呟いた。そしてそれを合図に、街は一斉に早まった。…あちこちで開く傘の華。古書店の店主達は本棚をいそいそとしまって、古着屋のアルバイトが大急ぎで洋服にビニールを被せ、雨模様にくちを尖らせている。洋傘店の主人だけはご機嫌、赤に青、花柄しま柄格子柄、色取り取りの傘を、ここぞとばかり軒へと並び飾って満足そうである。

   人々は大急ぎで駆けて行く。桔梗に傘の持ち合わせはなく、まだずいぶん続く新銅カ窪までの道を、ココナッツ号をすっ飛ばし走らねばならない。舗道の端には学ラン運動服たちの姿。鞄で雨を避け歩いていたが、もう観念したのか彼らだけが呑気に濡れて歩いている。

 

  ー実にいい。疾風の如く走ってやろう。

 

  そのいたずらっぽい思いつきに、桔梗の胸は高鳴った。降りしきる雨下を、サアアーッとココナッツ号を走らせる。そうして漕ぎ続けた時、桔梗は自分が微笑んでいることに気付いたのだった。雨が服をどっぷり濡らしていた。鞄の中身もずぶ濡れのようで、桔梗はどうしてかその事も愉快だった。

 

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   桔梗を乗せたココナッツ号は鮮やかな車轍を次々描き、雨の街を駆け抜けてゆく。

 


  ...途中、アパートに近付く頃、大通りでジェラート屋のワゴンを見かけた。信号の向こうを、大慌てで走っている。桔梗は雨の向こうへと急ぎ遠ざかってゆくワゴンの後ろ姿を、しばし見つめ、見送ったあと、何か苦役を解放された人のように、ゆっくりとひとつ、瞬いてみせた。

   

   桔梗は雨降りの舗道を再び漕ぎ出すと、もう何やらスッカリ、冒険映画の主人公のような気分で勇敢なのだった。

 

  ......もうまもなく、新銅カ窪の赤い駅舎が、雨の向こう側に見えてくるだろう。

                                         (了)