「伝書鳩よ、夜へ」第5話
「いい返事が来るといいね」
ここは努めて年長者らしく振舞おうとした。
「藤枝君は頭がいいからアレコレ先読みするのだろうけど、成るように成るよ。無理にとは言わないけれど、ここはドンと構えて...」
桔梗は結局自分もまた緊張しているのであった。気まずさに、桔梗は封筒をそそくさとカバンにしまった。重たい荷物である。
藤枝は錆びついたねじまき人形の体で場を離れ、それからはもう、丸々一日を誰とも口利かなかった。只々本タワーの解体に従事し続け、意中のアリーの姿を目で追うことも無かった。藤枝は被害妄想の対人恐怖症であるから、恋心を明かした事で、他全て、自らの心中すべてが他人の識るところとなったとでも思ったらしい。やけに周囲の目を気にして、終業時刻が来るとろくに挨拶もせずさっさと帰宅してしまった。
終日手を震わせ働いていた事、また震えをアリーに気取られまいと懸命の努力で隠し通し働いた藤枝を思うと、腹も立たず、むしろその涙ぐましい片恋の努力に妙に感じ入ってしまうのだった。
(恋心は正真正銘、偽りが無い。最初は疑ったけれど、アリーに寄せる思いはダイアモンド級、油汗の恋が光っている)
そう解釈したものだから、桔梗は何とか被害妄想で対人恐怖症の恋を成就させてやりたくなってしまった。
面倒事に自ら首を突っ込んだ。
恋敗れる結果に違いないが、せめて藤枝のいう「伝書鳩の役」だけでもここは真っ当に引き受けて、遂げてやろうかと、意気込み始めているのだ。
(第6話へつづく)