「伝書鳩よ、夜へ」第6話
アリーと、脳に障害のある八つ違いの弟は母の連れ子である。母親の再婚により、腹違いの兄と姉を持つことになった。
しかしながら彼女の大学進学と同時に一家は離散し、唯一、弟だけそばに残った。家族関係はもう随分むかしからギクシャクしていた。
障害を抱えた弟は、幼少期から施設での生活を余儀なくされていた。外の世界を全くと言うほど知らない。
施設内は昼間さえも仄暗い。病舎へ向かう廊下を歩んでいると、呻き声、苦しみもがく声、嗚咽、怒号が聞こえてくる。廊下も病舎も、薄汚れ朽ちかけてさえいる。
弟の病院はそういう場所だった。
人生の殆どを、彼は不衛生な部屋で不潔な毛布にくるまり生きた。
陰鬱な施設の雰囲気を忌み嫌った家族は、母親でさえも進んで訪れようとはしなかった。訪問するのは、新しい家族に馴染めないアリーだけだ。
姉の来訪を心待ちにしている弟は、顔を見るなり手を叩いては跳ねた。アリーはそれを嬉しく思った。必要とされている。彼女の弟は、言葉が話せない。
後妻の連れ子だったアリーに、兄姉はいつも冷淡で、意地が悪かった。両親も互いの愛をとうに失って、離散してこそ自然な家族だった。唯ひとり、血の繋がりを感じ家族と思えたのは、あの汚れた病院の汚れたベッドで寝起きする弟だけであった。
二十歳の誕生日、彼は重病者棟に移された。アリー大学卒業後間もなくの事だった。精神の昂奮を抑えきれず、暴れ喚いて、まるで人が変わってしまったようだった。医師から、彼がもうアリーと認識出来ない状態である事を告げられた。
脳機能の回復が、今後一切見込めないという。
事実上の天涯孤独となった瞬間であった。
(第7話へつづく)