書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「伝書鳩よ、夜へ」第8話

   伝書鳩をサボっている事が藤枝にバレた暁には、ネチネチ嫌味を浴びせられること違いない。恨みつらみの面倒なシナリオが確実に待っている。
    回避するにはもう、今晩渡すしか無い。腹をくくった桔梗はええいとアリーを食事に誘った。

 

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    ハーマンは8時に戻った。

   腹が減ったかグラノーラバーをポリポリ齧っているー前述したように、彼は一見健康そうなものを口にするが、実際は食そのものに興味がなく、只々本と仕事と音楽の世界埋もれて生きている人物である。片手にレコード店の袋を提げ、鼻歌など唄っているのだが、どうやらこれからまた一作業する腹積もりらしい。

   世間離れしたハーマンの感覚を、二人は愛した。挨拶すると、夢二を後にした。


  腹が空いている。駅前のカフェレストランへと入った。銅カ窪駅前すぐのカフェである。ここの窓からは駅前ロータリーの様子が一望出来る。曜日を問わずお客達はくつろいでおり、闊達に自由なおしゃべりを交わし上機嫌である。一人客はというと、各々の思索にぼんやり耽ったりと、暢気だ。

   

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   ここで小一時間ほどの会話と軽い夕食を済ますのが桔梗とアリーの習いである。週に何度か、アリーはバーへ働きに赤坂方面へと出向いた。桔梗はと言うと、無理をすると神経病の症状が強くなる。

 

   その為、楽しみはチョコレート一粒分、疲れの酷くないうちにサッサと帰宅するという、病者なりの心掛けを健気に守っている。賑わう夜の菊屋通り沿いを、ココナッツ号を牽き、帰途に着くのだ。

 

  新銅カ窪周辺の、都心部には珍しい泥臭さと、ざっくばらんの雰囲気をアリーは気に入っているが、今晩は疲れている風だった。連日続く寝不足が起因しているという。

 

   …いつかポキッと折れてしまうんじゃないか。細い花茎をへし折るように。

ー桔梗は案じた。

 

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     人と会う約束があると言うものだから、尚更、サッサと藤枝の手紙を渡し事を済まさねばならず気を急いた。

   カバンに眠る藤枝の手紙、それもあの3センチほども厚みのある封筒。これをいきなり手渡すのでは、ただ辟易とされるだけではないかと思い止まる。そもそも、藤枝は遠目にアリーを眺め、一人ニヤけているのみであり、意中の彼女と会話を交わすわけでもない。

 

  質問されても、目も合わせず返事もせず頷きもしないのだから、あの分厚い茶封筒に詰まった恋のメッセージはあまりに唐突だった。受け取る側から見れば、気味が悪いに決まっている。

 

(第9話につづく)