「伝書鳩よ、夜へ」第14話(全19話)
(前回までのあらすじ)
…対人恐怖症の同僚・藤枝より、アリーへの恋文手渡しを頼まれた桔梗。しかしながら彼女は生来のご都合主義から、この役目を放棄する。一方、医師との愛人関係に、アリーは苦悩し、疑問を感じていた。…
金曜夜の街は、開放感に満ち満ちている。街も人も大変饒舌だった。
桔梗は、この、明るい夜の一部始終を見逃すまいと、パチパチ、パチパチ目を瞬かせ、瞳に写す作業に専念した。そうしている内に、目カメラは、二軒先の居酒屋で、一人暴れ喚く若い呑んだくれを写し捉えたのだった。
男は相当に酔っているようで、誰彼かまわず絡んでは、両腕をブンブン振り回していた。けれど殴る蹴るの一切は無く、只々激しいブンブン回転を繰り返すのみで、男の威嚇は威嚇と言うよりも、リズム体操と言った風で見ていて滑稽なのだった。
桔梗はしばらく遠目にこの様子を眺め観察していたのだが、あまりの滑稽さにどうも出来心の好奇心が芽生えてしまった。呑んだくれを目カメラで追跡、段々に近付いて、気付いた時にはブンブン男と同じ軒下に座していた。
もう、茶碗やらコップやら、割れてどうしようもない。はす向かいに座る酔客は、腕振りに疲れたらしく、今はと言うとくだを巻いて隣のサラリーマンに絡んでいた。
よく耳を傾けると、男は意中の女性がどうこう言っており、続いて「あのアリーさんが」と言う文言が飛び込んで来た。
ハッとした桔梗は、瞬時に、この元ブンブン男が、藤枝本人であることに気付かされたのだった。
藤枝はぐでんぐでんのタコ男と化していた。苛立ったサラリーマンが金を払って出て行くと、その肩に全体重を預けていた藤枝はバランスを崩して、ベンチから地べたに崩れ落ちた。軟体類生物よろしく、くねくねぐにゃぐにゃ手脚を動かすのが精一杯、起き上がる事が出来ずにいる。
タコ男状態にある最中も、まだ「あのアリーさんが」とか、「アリーさんがあんな男と」「アリーさんがあんな事を」とむにゃむにゃ繰り返し、やがて思い出したようにむせび泣きをし始めた。
(第15話へつづく)