「伝書鳩よ、夜へ」第16話(全19話)
むしろアリーのほうを案じて、桔梗は訊いた。
「アリーさんは、あんな事をするひとじゃなかったのに」
「アリーと何かあったの?」
だんだん苛々して来た。藤枝は首を左右に振った。
「オレは、何にもしちゃない。でもアリーさんが、あの清楚なアリーさんがあんなオヤジと、あんなイチャイチャを車中するなんて、あんまりだ。酷いじゃないですか、あんまりだ、アリーさん。ああ、アリーさん!あんまりにも程がありますよ!アリーさん、ああ、オレのアリーさん!」
言い終えるなり藤枝は大声で泣き始めた。
通る人が全員、好奇の目でコチラを見ている。焦って藤枝を制したが、泥酔の酔っ払い相手ではラチがあかない。彼はそれこそ赤ン坊のように、ウワーンと泣き、そしてこのウワーンが一向に止まないのだ。
「ちょっと、ちょっと!藤枝君。頼むからさ、そんな泣かないでよ。皆が見てるじゃん。恥ずかしいから、大音量で泣くの止めてよう。お願いだよ」
丁度タクシーが通り向こうに見えた。桔梗はもうこうとなったら大慌てで手を挙げた。これ以上、巻き込まれるのも足止めされるのも御免だった。やって来たタクシーに藤枝を押し込むと、なけなしの五千円札を藤枝に握らせ、
「必ず返してよ。これ私の明日以降の生活費なんだから。絶対だよ。知ってると思うけど、私は家賃払うので精一杯なんだから」
返ってくるまいと思いつつも、念を押した。
かろうじて自分の家の住所は言えたので、もう全て運転手に丸投げし、藤枝をタクシーに押し込んだ。そして足早にその場を去った。
何て長い1日だ。
くたくただ。早く帰ろう。もうじっと身じろぎもせず眠りたい。疲れたんだ。
( 第17話へつづく)