書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「伝書鳩よ、夜へ」第18話(全19話)

  封筒の表に、宛名は書かれておらず、裏面を返すと、そこには蟻の行列にしか見えない縮まり切った筆跡で、差出人「藤枝和志」のみが明記されている。桔梗は疲れた頭をクラクラさせた。

 

 

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  一体これを自分はどうすると言うのだろう。

 

  藤枝は、とっくに恋敗れたのだ。又、アリーは既に二十上の医者の愛人になっており、本当の愛と信じ求め彷徨う迷い子だ。そして恋の魔力を失ったこの茶封筒は、もはや単純明快でなく、分厚さの意味合いも無く、何より、開封する権利ある読み手がもう存在しないのだ。これは、味気なくシンとして、ただ、墓場を求める茶封筒なのだった。

 

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   桔梗の疲労はピークに達していた。もう今すぐここに布団を敷いて逃げ込みたい。なのにそうも出来ずいるのはやはり、律儀の性分と、弱者ゆえの人助け精神からだった。もしくは単なる同情かもしれない。

理由はどうにしろ、桔梗は、自分が出来得る限りの範囲で、惨めな思いをして傷付いた藤枝のプライドを、何とか少しは守るくらいはしてやりたかった。

 

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  …そんなら、ひとつ墓場へ届けてやろう。私は伝書鳩の役なのだから。

 


  桔梗には、ある妙案があった。この恋封筒には、アリーの宛名も住所も郵便番号も無い。又、藤枝の住所等も然りである。つまりは例え第三者の手で開封されたとしても、どこの誰がどうこの手紙をしたためたかについて、全く判別されず済むという利点があるのだ。そして桔梗は、この利点に叶う、茶封筒うってつけの墓場を、既に見つけてしまっていたのだった。

 

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茶封筒をデニムのポケットにしまい、抜き足差し足、錆び付いた階段をくだった。これには細心の注意を払わねばならない。ある意味、極秘ミッションである。最大限の注意深さが必要だ。しくじれば、布団に辿り着くまで、また更なる時間がかかってしまうのだ。

 

(次回最終話へとつづく)