書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「色眼鏡」第2話(全12話)

   こんな婆が大家であるから、自らこのアパートに住もうという、気概ある勇敢の徒などはまずおらず、たまの物好きが新しく住まうものの、その忍耐が持続するのはせいぜい半年、1年もすると皆こぞって去ってゆく。

 

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   故に現在もこのオンボロアパートの世話になっているのは、101号室の親子、201号室の桔梗、203号室のジョアンナ・クラール、たったこの3組であり、3組ともに倹約生活を余儀なくされているのだった。安家賃の誘惑とを天秤に掛け、結果渋々、婆さんのヒステリー、猛禽類の圧政に耐えることを選んだ覚悟者達である。各々、自分なりの老婆回避策を練っており、例えば203号室のジョアンナ・クラールなど、カタコトの日本語しか話せない振りをするのだから、大いに有利と言える。

 

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   午後1時頃から出掛ける予定である。廻田で蚤の市があるのだ。ぶらぶら散策がてら掘り出し物を探しに行こうと計画している。
  


   寝坊の日曜を返上し、忙しい朝をやり過ごさねばならなかったが悪いものではなかった。洗濯機を回している間に、階下で大家対サッチャンの口喧嘩が、派手に勃発したというわけだ。

 

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  ラジオをつけた。賑々しい会話が繰り広げられている。

  明日から広がる青空だの都内にオープンしたての、ビアガーデンだのプレミアムフライデーだのクールビズだの、総じて上機嫌だ。つまり夏は、もう間近に迫っていた。
  未だ気象予報士達はつゆ明け宣言を喉にしまいこんでいたが、空は躊躇なく晴れを謳い、陽射しは既に夏色をときめかせていた。

 

   耳に響きが足りない。
  長いつゆの間、人と関わること消極的になって、先日の、書店仲間どうしによる恋愛騒動があってからは尚更で、体調不良が続いた。

 

   彼女は重い倦怠と、毎晩の知恵熱に悩まされる日々を送っていたのである。

 

(第3話につづく)