書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「色眼鏡」第5話(全12話)

   廻田中央公園は、その奥に大学の敷地を控え、つまり学区内であることから、木々が近隣を囲み、閑静だった。

 

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   新銅貨窪とは住宅事情が違い、立派な家が建つ。品の悪さを感じさせない、山の手的な雰囲気が漂っているのは区間整理が起因したためである。木々の梢に、良い風が吹いている。

 

  髪を遠慮がちになびかせる、この風のやり口を桔梗は好ましく思う。笑顔が、わずか口元に咲いた。

 


  従兄の三千雄が、蚤の市の一角で今日、店を出しているはずだ。

  自店舗のNo.33はもとより、マーケットへ出店する三千雄のコーヒーと来たら、最高なのだ。どこでブースを構えているのか、ろくに説明を聞いてなかったために、自業自得、キョロキョロの右往左往である。

 

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   蚤の市のフードコートでは、雑誌を読んだり、ギターを弾いて暢気に歌ったりして、その一団の歌声の隣では、小さな女の子がアイスクリームを幸せそうに頬張っている、母親同士は身振り手振りの世間話、乾いた意地悪な笑い声をあげ、少し離れたベンチで休憩する老人が女の子の幸せそうな顔を目を細めて見つめている。老人の足元には同じように黄色く年老いた、少し不潔な飼い犬が寝そべり、彼はひとつ、特大の欠伸をした。アイスクリームの女の子が、じっとその姿を見つめている。老いた犬はアイスクリームを見ている。

 


   飲食店舗が軒を連ねる公園東へ向かった。ますます三千雄の店がどこか分からなくなってしまっていたが、この辺のはずだった。観光客が多く、東エリアの混雑ぶりは酷い。複数の外国語が飛び交った。

 

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  兎に角、コーヒーを飲まないことには始まらない。

 

  なにせひと月の隠遁生活からの、急な脱却である。雑踏に身を置いているうち、早くも余裕を失っている。

  こうなると、コーヒーに一縷の望みをかけるよりない。

   

(第6話へつづく)