「色眼鏡」第8話(全12話)
5分間ほど深い呼吸を努めた結果、手足の震えは次第引いていった。10分もすると、まともなったので、三千雄のジョッキコーヒーをぐびと飲んだ。
ジョッキグラスに陽光が琥珀色のプリズムを生み出していた。美しかった。大体、グラスってやつはどれをとってもきれいだ。
氷が、斜めに滑って、カランと笑った。涼しい顔でコーヒーの中へ沈み落ちていく。
ー少し、見て回ろうか。
柱時計を見上げた。まだ午後3時、思ったよりも時間は穏やかに流れていた。彼女の為に、1日を庇っていたようである。励まされ、再び散策するを決めた。コーヒーによるプラシーボ効果は絶大であり、これもまた、桔梗の後ろ背を押したのだった。
三千雄と湘子の店は、やっと活気を得て、忙しく動いていた。この上ない愉快を顔に浮かべる従兄、湘子はまだまだ、通行人にベラスカ話し続けて、勢いがある。
服飾雑貨店のひしめく、公園北棟に向かうことにした。
ー掘り出しの、なるだけ値段のはらない、それでいてちょっとばかしユニークなペンダントヘッド。去りゆく不安のはなむけに。堪え続ける今日の自分へのはなむけに。その、石なりガラス細工なりが、やって来る次の季節の試練、夏の暗い波に、立ち向かう勇気を与えてくれるかもしれない。
見出される瞬間を待ちわびる、石なりガラス細工なりを思った。これは楽しい空想だった。それは夜空の瑠璃色だろうか。もしくは、落ち着いたトルコ石だろうか。冷んやり手に収まる、心地良さ。
また、それはプラスチック製の真っ赤なガーベラかもしれなかった。面持ち爽やかな、レモン色のボタンかもわからなかった。優しく細める、玉虫色の貝細工の眼に出会うかもしれなかった。
(第9話へつづく)