書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「色眼鏡」第9話(全12話)

 ...ああ、何もかも。何もかもが、こうも鮮やかなんだ。…

  

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   公園中央には噴水池があった。すぐ近くにアイスクリーム屋が陣取っている。周囲に子ども達が群がっていた。多くは大人達にアイスクリームをねだるために集結するのであり、そうでなければ噴水池で水遊びに興じるためである。

   アイスクリーム屋は綿菓子も売る。これが子ども達の目を引かぬはずがなかった。幸運にも菓子を許された少年少女は、英雄気取りである。美味そうに頬張って、ちらと周りに優越の目を配る。目が合えば、わざとらしく幸せ顔をしてみせることもある。

 

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 ーこの輪を、先程から、もうずっと、見つめ続ける者があった。

   ベンチに腰掛けた老人である。足元には黄ばんだ毛色の雑種犬が寝そべっていた。桔梗は彼らをすでに見かけている。老犬は大欠伸して、眠そうな眼を主人に向けた、地面に視線落としたり、時折子ども達の手にしたアイスクリームを羨ましそうに眺めたりしたが、あくまでとどまっている。

 

   主人も然りで、老人もまた、見るにとどまる。手招きも、微笑みもない。

  品の良さを感じさせる風貌だ、彼は日に焼けた分厚い本を傍らに置いて、けれどそれを手に取る気配はなく、いつから座っているのかも分からなかった。頭髪は、額の方から齢とともに後退したと思われる。ほとんど額が頭皮を兼ねており、長年日光に晒された頭頂部には、茶しぶのようなシミが、異国の地図のように広がっている。

 

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  老人、と言うより、初老の紳士という呼び方がしっくりくる。きちんとアイロンを当てたシャツに身を包み、革靴は磨きがかかっている。歩行ステッキを携えていたが、背筋はシャンとして、襟元のループタイが、日射しを受けてキラキラ輝いている。

   

 

  この反射光を見た瞬間、桔梗の裡で、毎度の悪癖である出来心の好奇心に火がついてしまった。興味が湧けば首を突っ込まずにはいられないのである。      
  
   出来心を前に、一体誰が逆らえたものか。コーヒー片手、ベンチへと接近した桔梗は、老紳士の隣にそっと腰を下ろすと、興味本位から彼の視線の先を辿ったのだった。

 

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   そこにあったのは、何ら特筆することのない、はしゃぐ子ども達の輪に過ぎなかった。老紳士は彼らを俯瞰するように見渡して、深深、考え事をしている。

 


  「どうです、この公園と来たら」

   急に老人が口を利いたので、桔梗はギクリとした。

 

(第10話へつづく)