「色眼鏡」第10話(全12話)
おそるおそる老人を見た。
枯渇しきった眼と出会った。鳶色の、じっと動かぬ一対が気怠くこちらへ向けられ、その実、どこも見てなどいないかのようでもある。
明らかに、自己を外界と線引きをしている様子である。
淡々、ただ淡々、老紳士は言葉を継いだ。
「人間が集まる場所には、噂が不可欠です。ーあなたは、私にまつわる噂をご存知ですか。安直な噂です」
桔梗は首を左右に振った。
「いえ、知らないです」
「想像力のある人間ならば、愚直さを容易に見抜くでしょう。けれど、この公園に、想像力のある人間は無いのです。大多数の彼らが気にするのは全てにおいての外側だ。ファッションであり顔の美醜てあり、アート気取りの悲しむべき二番煎じですよ。私の内世界に輝く太陽なんて、とても直視出来ない人間ばかりが毎日毎日ここへとやって来る。彼らはというとね、この私の噂を耳にささやき合うことで、ようやく充足を得てるのです。彼らは噂を必要とする生き物ですよ」
「噂とはなんです?」
質問すると、鳶色の目が無遠慮に向いた。出来心の好奇心を満たすために、質問を続けなければならない。
「ーなぜ貴方が、噂の対象にされなければならないのですか?言い争いにでも巻き込まれたんですか?」
「ここでは、あらゆる視線が交わされている。まずそこからお話しましょう」
老人はいさめるように言った。
「黄色の視線、青や赤、深緑、煉瓦色、水色に灰色の視線が飛び交います。私や、私と今こうして話している貴方にだって、方々から投げられた視線、色彩が突き刺さっているわけだ。おわかりですか?本来の我々は、裸眼であるはずでしょう」
「禍々しいものは近視による副産物といえるでしょう。私は、このベンチに毎日座ってます。こども広場を眺めています。日々ささやき合う声と、色の視線に晒されながら、けれど座り続けるよりない。おそらくは、宿命でしょう」
皺の両手を揉んで、彼は遠くを見つめた。
(第11話へつづく)