「あなたは最高」第2話(全20話)
8月22日。
3日連続の猛暑日であった。もう街のどこへ行こうとも容赦なく真夏のカンカン照りが追いかけてくる始末で、サングラスと中折帽は太刀打ち叶わず、アイスコーヒーとココナッツ号のミントグリーンですら、降り注ぐあの太陽の熱視線を捻じ曲げるのは難しいようだった。
小銭を渡されてハーマンのお遣いから戻る頃には、汗がつらつら首筋に流れていた。お釣りをブタの貯金箱にねじ込む。
ちりん、と思いのほか涼味を誘う音がした。
ハーマンが電話中だったので、レジカウンターに着いてこっそりエアコンの風をビュウビュウ吹かせた。こんな暑い盛りに本屋など来る者はなく、先ほど何点か購入してくれた台湾人カップルと、近所の常連客、学生風情のパンクロックTシャツ氏がいるくらいだ。Tシャツ氏はヘッドホンをつけたままユラユラ立ち読みを続け、棚という棚を周回していた。
ビュウビュウ風は実際、心地良かった。温度は設定できうる限り低くした。
ー南極擬似体験、とでも名付けてやろう。
桔梗は自分が南極大陸を、犬ぞりを操り勇ましく滑走する姿を想像した。
これは中々の空想に思えた。つまりは冒険とロマンだ。
...凍てつく酷寒の平原は人生のように厳しい。自分は孤高の冒険家であり、その厳しさ故に挑戦するのである。犬ぞり。少しスピードを上げねばならぬ。自分は今、ブリザードの中、昭和基地へと向かい戻るところだ。仲間との交信が途絶え2日経っている。あすこなら食糧の備蓄があるだろう。風切る音、ビュウビュウの。走れハスキー達。頑張るんだ。そう、風はビュウビュウ。何せブリザードだ。ビュウビュウの風はまさに...
「ー18℃、いけないよ。キキ」
ハッとして振り返ると、リモコン片手、ハーマンが設定温度を確認している。
(第3話へつづく)