書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第5話(全20話)

  情事は留守の間に起きていた。

 

  さなかにキムは帰宅してしまった。傷心の彼女は、先週末からアリーの部屋に寝泊まりをしている。

 

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   彼女の怒りはピアノ線の緊張感を店にもたらした。藤枝の一件は火に油を注いでしまった訳で、もう怒り玉といった具合である。

 

  桔梗はどっと疲れを感じた。ついさっきまで存在した、あの甘い睡魔の昼下がりを、もう百年もの昔に語られたお伽話のように、懐かしんだ。

 厄日だー。
 肩を落とした。キムと藤枝の衝突は、
今後もつづくだろう。誰にも気づかれないよう、ため息ついて、もうこんなだから、今晩は好物のドーナッツでもたんまり食べて、給料日前ではあるけれど、ちょっぴり贅沢してやろうと心決めた。  

 

 

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  ギギッ、ギッと軋む音がして、奥の小部屋のドアが開いた。すると扉の隙間から、あの柑橘類の匂いが、光の射すようにすっと明るく漏れて、ハーマンがちょこっと首を突き出すのだった。   
    花弁が開くように笑った。ヒョヒョイのヒョイと手招きする。

 

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  「 .....最寄りの駅から書店まで、バスが出ているのね?ハーマン、あたしたち勤務時間中に夢二まで戻れるかわからないわ。遠いもの。それにこの前みたいな、行ったら行ったで『都合により本日臨時休業』とかあたし絶対嫌よ。困るのよ、ああいうの」

キムは苛々して、

 「大体、キキは体力がないし、余計にお荷物だわよ」

と一瞥した。

 

(第6話へつづく)