書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第7話(全20話)

  「なんだ。案外、シンプルじゃない。もっとややこしい場所かと思ったわ」

 

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   乗車して座席に腰掛けると、キムはぐっと伸びをした。大柄な体躯がさらに肥えて見える。上背もあるから、伸びをするだけで迫力に満ちている。

 

  おずおず隣に座した桔梗は、相手の顔色をチラチラ伺った。そして自らの怯えに、砂を噛むような、情けなさと嫌悪を覚えるのだった。

   萎縮、かなぐり捨てること叶わぬ臆病仮面。どんなに憎み嫌悪しようと、自分は「生涯交換不可能の自分」であった。そのことが虚しいのだ。

 

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   S市駅までは片道1時間半の行程である。

  日暮里駅を経由し、ローカル線に乗り換え、S市駅下車後は、調べた通りモールへ直行するシャトルバスに揺られれば良い。
   道中心配はなさそうだった。目的の書店がモール内にあることから、道に迷うこともあるまい。炎天下、戸外を右往左往だけは願い下げである。

 

   気楽でないのは当然、キムと行動を共にすることだ。
  桔梗は丸1日、逃げようの無い状況に放り込まれてしまった。


  早くも疲弊を感じている。同僚の後に続いて日暮里駅で降り、乗り換えに向かった。会話らしい会話もせず、ただ両者ともガタゴト揺られるがままである。

 

 

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  キムは、暑い、だとか、ねえちょっと冷房効いてるの?だとか、これじゃあ温水プールだわね、JRもちょっとは考えたほうがいいわよ、などポツポツ不満を漏らしたが、に同意を求めて言ったものなのか、ただの独り言だったのか、判別に困った。


   何か気の利いたことを言うべきなのかもしれなかった。このまま、黙っていて良いものか。恋人の一件について、励ましなど、すればよいのだろうか?

 

(第8話へつづく)