書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第9話(全20話)

    自らのぶ厚い皮下脂肪が災いし、人並み以上にこの暑さが堪えるらしい。しばらくはただ、暑い暑いと繰り返した。

 

f:id:sowhatnobby164:20180909235621j:image


  ぼやき続け、愚痴り続ける。彼女は親友・アリーのことさえ、悪く言った。    

   その都度同意を求められても、困った。桔梗は段々面倒になってきたが、辛抱強く聞いた。間も無くしてキムの電話が唸った。ボヤキの環は切り落とされ、一時的に収束した。

   列車は、K駅で停車中である。
   車掌の鼻濁音が、踏切点検による遅延を知らせ謝罪した。キムの電話は、この停留中に、車中のみならず、まばらな駅ホームをも震撼させたのである。

  
f:id:sowhatnobby164:20180909235201j:image

 

  キムは発信者名を一瞥するなり、眼球をぐるぐる回し、不快を露わにした。    
 
  呼び出し音は鳴り続いた。執念深かった。列車が再発車する頃にやっと止まった。静けさがどっと車中に雪崩れ込んで来た。もとあった静けさ以上の静けさが広がりを見せ、何か、不可避の、困難のような生き物が、新たに乗車してしまったような感覚を桔梗は憶えた。キムはじっと口をつぐんで、ただ天井に吊るされた年代物の扇風機を、睨みつけている。

 
f:id:sowhatnobby164:20180909234615j:image

 

  つまりあの鳴り止まぬ電話の主は、例の恋人であった。彼は浮気を弁解し、説明するため、執拗にかけて来るようだった。

   (一体全体、どこへ居場所を見つけろと言うのだろうか。奪われ、汚され、新たな恋の犠牲者として、キムは破棄されたんだ。殉死じゃないか。一体どこの誰が、どんな顔でキムを励ませたものか…)

 

(第10話へつづく)