書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第15話(全20話)

桔梗は珍しく語気を強めた。

 

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「鬱屈神経団を追い払うには、それしかないんだ。目一杯楽しんでいないと、ふとした瞬間にあいつらがやって来るんだ。心の隙間へスッと入り込んで、真っ黒けに汚すんだ。だからご機嫌を衒うんだ。呑気を衒って、人生を衒っているんだ。どんなにサイテーでも、きっとこれは最高なんだって、一生懸命一生懸命、頑張って勘違いをしているだけなんだ。鬱屈神経団に負けないように。不安の支配下から逃れるために。心をいじめたかないよ。心を護るのは、結局いつも自分だけじゃあないか」
   碧色の瞳を静止し、キムは無言のまま、桔梗の顔をまじまじと見つめた。

   口元を少し呆けたように緩ませている。


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 その緩みは、碧色の瞳へ、柔らかい濁りを与えているようで、この時、キムの面は蝶の鱗粉をひっ被った優しさを見せた。

 

   自らの核である、不安障害による葛藤を、いちどきに吐露してしまった。

  強い自己嫌悪に苛まされた。思えば思うほど、重たい石が次々胸に運び込まれる。だいぶ重量を増して行くようである。

    バツの悪さに、それっきり黙り込んだ。ずっと言葉なかった。キムも同様、じっと口を閉ざしたままだった。店員達のタガログ語だけがひたすらに飛び交って、その後もずっと賑々しく、陽気に響き渡っていた。

 

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   シャトルバスの車中においてもなお、2人の会話は閉ざされたままだった。互いが互いの主観世界に身を置いていた。

 

   キムはじっと、流れてゆく車窓からの景色を目で追っていた。わずか開いた窓からは風が入った。それは彼女の繊細な髪をたなびかせ、時折、目を閉じた。

 

 

(第16話へつづく)