「あなたは最高」第16話(全20話)
ーなんて下手くそなんだ。話すのが怖い、人間の下手くそだ。
不安の問題を口にしたものだから、それはつまり鬱屈神経団を呼び寄せる呪文だった。桔梗の手指、強いては身体全部を、このように硬くゴワゴワ苦しめるのは、いつだって彼らなのだ。彼らは何かと付き纏い、執拗な追跡は途切れることなかった。
桔梗は悲しくなって、バスの吊り革の振幅と車窓からの夏空を切なく見つめた。
最初から、素直に白旗を振るべきだったのかもしれない。そうしたら、きっと楽だったはずだ。
(もう、だいぶ疲れている。私は、疲れたんだ)
神経症にひざまづいてしまえたら。いっそ、彼ら鬱屈神経団へ忠誠を誓ってしまえたらー。そういう選択肢だって、当然あったはずだ。...
「まさか今日中に頂けるとは思いませんでした。どうもありがとう。さすがにお嬢さん方はお若いだけあって、力持ちのようだ」
中規模モールの二階、一番端の店舗だった。ハーマンのメモ通り、「溝口書店」とある。
店舗は仄暗く、客の姿はなかった。どうも湿気っている。挨拶に出た書店主は70過ぎ、痩身の老店主で、同じように暗褐色をした、殆どサングラスのような眼鏡を掛けて、杖をついていた。
(第17話へつづく)