書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第17話(全20話)

どうも湿気っている。
店舗は仄暗く、客の姿はなかった。


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   挨拶に出た書店主は70過ぎ、痩身の老店主で、同じ暗褐色の、殆どサングラスのような眼鏡を掛け、杖をついていた。


   彼は丁重とは呼べぬ仕草で本をカウンターに置いた。すぐ椅子にドサッと腰掛けた彼は見れば右が義足で、書棚の横には数本の歩行杖が立て掛けてある。手入れの施されぬ杖はどれも、古びた表面をなお一層のこと干からばせて、夏に死んだカエルの背中の如く、乾き飢えていた。

 


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   それにしても何と薄暗く、埃っぽいことか。
  平積みされた本は汚れ破れかけてさえいる。一体いつ開店したのか。そもそも、商売をしているのか。陰気な店だ、と桔梗は内心つぶやいた。

 
「どうです、この街は。東京とは勝手が違うでしょう」

   労をねぎらってか、店主はティーポットの紅茶をソーサー付きのカップに注ぎ淹れた。
   飲むよう2人に勧めた。これもまた薄汚れて、カビ臭かった。


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   彼はどこからかビスケット箱を持ってくると、1枚取り出し、紅茶に浸して食べた。しばらく味わい深く口に含んで、

  「ここにはね、数年来、誰も来やしませんでしてね」

そんなことを突然言う。

 

  「とうに捨て去られたんですよ。ホラ」

そう言って掛けていた眼鏡を外し、右眼を指差して見せた。キムと桔梗は息を飲んだ。右脚ばかりか、老店主は右の眼もまた不自由で、義眼を嵌め込んでいた。


(第18話へつづく)