「あなたは最高」第20話(全22話)
「行くわよ、キキ」
モールの外扉を出るなり、キムが腕を引いて言った。裏手の丘を指している。
「今から?」
「そうよ」
キムはいつになく真剣だった。けれど厄介なことに、桔梗の身体は、神経疲労のために細かく震え始めていた。
ここで無理すれば、数日を寝込むはめになる。しかしキムは譲らない。
「あたしたち、行くべきよ。行かなきゃいけないんだわ。決着をつけるのよ。あたしはあの嫌な裏切り、キキはナントカ神経の問題に」
「この後のシャトルバスは本数わずかだよ。帰ろう。私、もう限界だよ。帰って薬を飲まなきゃならない」
ところがキムは決然と首を横に振り続けるのである。
「行くのよ」
彼女は真っ直ぐだった。
「左眼が義眼になる前に。そうでしょう?」
碧色の瞳は、何かを模索していた。いつになく美しい碧を湛えているものだから、思わず見入った。
「あたし、変えたいのよ。あの丘に登って景色を眺めたら、何かが変わるって言うんだから、お手軽じゃない。ねえ行くわよ、キキ。モタモタしないで、行きましょう。じれったいわね」
そこでキムはとうとう強行手段に出た。太い腕をむんと伸ばし、桔梗の片手をずんと掴むと、引っ張るようにして歩き始めたのだ。こうなると瘦せぎすの桔梗は、アッサリ引き摺られるようにキムの横を行く羽目になる。
桔梗は六畳間の布団を恋しく思った。ーそういう冒険なんてしてる余裕なんて、ないんだ。枯渇してしまたんだよ。元気もやる気も、健全さもー。薬を早く飲みたい。じゃないと寝込むんだよ、、、
2人は丘を登った。丘の傾斜はなだらかであった。帽子を被せたように群生する、種々様々の緑の葉むらに強い西陽が射していた。木立から、蝉、ツクツクボウシ、名も知れぬ虫達による、夏の最期を惜しむ合唱が、堰を切ったように始まったかと思えば、しんと止み、また少しして、狂想曲は再始するのだった。時折訪れる、幕間の沈黙は、2人を奇妙にどぎまぎさせ、その都度、自分たちの行動に果たして意味があったものか、一抹の疑問を抱かせもした。
(第21話につづく)