書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」最終話(全22話)

   キムは手を震わせ、応答しないまま、ただ画面に浮かび表示されるその名前を見つめてた。呼び出し音は続いた。

 

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  桔梗はキムを見た。キムも桔梗を見た。悲しそうに笑って、涙目を浮かべた。キムは、応答しようとして、耳にあてがう代わりに、もう片方の手で震えを抑えると、突然、ぶんと力一杯、谷間に広がる赤い街に、電話を投げ捨ててしまった。

 

「…キム!」

驚いて声を上げた桔梗を尻目に、キムは清々しく笑って見せた。

  「ーキキ。あたし、もうサイテーを卒業するわ」

唖然とする桔梗の肩を掴むと、彼女を揺さぶるようにして、キムは言葉を続けた。

  「鬱屈神経だかなんだか、あたしよく知らないけど、あなたは最高よ。病気なんか、クソ食らえよ。頑張るのよ」

 

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  キムは鼻を啜って、目から涙をポロポロ溢し、悔しそうに上を向いた。

  「あたしも、ひとつかましてやるわ。手始めにゴミの収集日を真面目に守ってみるかしらね。ヤケ酒も今夜からストップ。深夜アリーに愚痴らない。…だって、今日からあたしは、最高なんだもの」

そう言って、桔梗のあんぐり顔を笑っているのである。

 

  「それでもって、今日も素敵な夢を見て眠るの。あたし達、まだ全部を失っちゃなんかないわ、ーそうでしょう? 」

 

   これ以上嬉しい励ましが、かつての桔梗の人生に、果たしてあっただろうか。茜空を背後に、桔梗は大きく頷いてみせた。

 

「それ、最高だね」

「もう、最高よ」

 

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  茜色から群青へとかわってゆく空を、並んで見つめた。どちらもが、それぞれの力を信じようとした。そして空が、群青色の夜空に変わった頃、2人各々、ある姿の片鱗を垣間見たのだった。

 

  前へ、前へと進もうとする心強い英雄の姿ー、すなわち紛れも無い、自分自身の背姿を。

 


                                                                                               了