書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「マラカス奏」第2話(全15話)

  杏北寺から乗り継いで揺られること十分、萩ノ坂という、今時珍しい、便所に洋式が無い駅の、アジサイ園近くに茜の住まいはあった。


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  空腹に耐えかね、杏北寺で晩飯を、と思ったが、覗いた財布には千円札すら姿無かった。

  千疋屋で散財したのだから、さらに堪え、萩ノ坂のボロ平屋でつましい味噌汁と納豆にでもするのが、道理というものらしい。

 

  大人しく、北多摩湖線に乗車した。
  萩ノ坂で下車すると、小粒の雨が音を立てて降り出した。豆鉄砲みたいな音だったので、愉快に思った。子供の時分、BB弾なる玩具が流行り、これと似た音だったことを思い出した。


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  年嵩の子供達が射ち合いに興じる中、茜は同じ一年生だった少年と、草むらに落ち広がる弾を、拾い集め遊んでいた。BB弾の、色とりどりの丸い弾球が、二人の目には一寸した宝石に映ったのである。収拾したものは大切に、ジャムの空き瓶へ入れ、保管した。

 

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  確か、むっちゃんという少年だった。

 

  彼の一家は麺屋だったが、三年生に進級して間も無く、忽然と去ってしまった。アパートに行ってみると、表札が外され、部屋はもぬけの殻だった。遠くへ引っ越したのだという。

 

   夜逃げだったと、のちになり彼女は知った。むっちゃん少年はひと月前の下校時に、彼にとっても宝であるはずのBB弾を二瓶、譲ってくれた。今思えば、餞別だったのかもしれない。

 

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  住み始めて半年が過ぎ、平屋住まいもようやく板に付いてきた。

 

(第3話へつづく)