「マラカス奏」第6話(全15話)
蓉子は一等明るい、日向のテーブルに茜を通した。
「この席、実は茜ちゃんの為に、取っておいたの。マークには内緒よ」
人差し指を口元へ当ててみせる。
「ゆっくりしていってね。ーねえ、本の虫はだんだん減ってしまっているでしょう、何だかこの頃、わたし心許なく感じてしまって。沢山読んで、沢山書いて、将来、きっといい小説を書いてちょうだい。良かったらマークやうちのカフェをモデルにしてくれたっていいのよ」
店内左奥の厨房では、マークとアルバイトの菊比呂がじゅうじゅう肉を焼いている。昼時とあってカフェ・モーブは混雑していた。
世間はクリスマスムード一色、マークの店ではローストビーフとパイ料理、自家製ホットチョコレートが人気で、天井の低い、こじんまりとした店内は、料理の匂い、それを味わうお客たちの、にぎやかな会話と熱気で充満し、如何にも十二月である。
お遣いから戻った菊比呂が、スーパーの袋片手に、ぶるぶると身震いして、
「何て寒さだ。何でこんな日に限って買出しなんだよ、マークは鬼だな」
とストーブに凍える手をかざしていた。ホットチョコレートをうまそうに飲む茜と目が合うと、チッと舌打ちして、
「―何だよ。悠々として。なんというか不公平、不条理の代表選手だ。俺はね、そういう星の下に生まれたんだよ。想像妊娠で生まれたんだよ」
と、打ちひしがれる自分に酔っているようでもある。彼は「ドリアン・グレイの肖像」を耽読して、最近ではナボコフにも傾倒していた。モリッシーとデビッド・ボウイ、兎角ゲンスブールに至っては神仏の如く崇拝している。
菊比呂は最近、何かと痴女の被害に遭っている。元々不運を美化する傾向の彼である。彼は茜の友人マイアに片恋の末、派手に敗れたが、この不幸こそ美と捉え、結局は充足に至っていた。