「マラカス奏」第10話(全15話)
菊比呂は南阿佐ヶ谷に住んでいた。もろに足止めを食らい、しかしながら彼は明日もモーブのアルバイトである。仕込みがあるため朝早い。
普段なら、近所のうるさい小母さん手前、この奇抜な恰好の従兄を招いたりはしない茜だが、底冷えの今晩は別である。オンボロ平屋の四畳半を提供すると伝えた。菊比呂の方も、そんなら丁度よかったと言って、北多摩湖線へ乗り込んだ。
冬至の暗い夜に、亡き兄を思うとしんどい。太刀打ちかなわない。例え、変人めいた菊比呂の、赤髪赤コート赤ブーツ姿であっても、誰かの気配に茜は充分救われるのだった。
萩ノ坂駅で降車し、駅舎を出た。
菊比呂は寂れ具合に呆れ果てた様子である。
「ここは、どこだ?」
彼はまたもキョロキョロとした。
「萩ノ坂」
「ここは東京なのか、埼玉なのか」
「東京だよ。私は都民なんだ」
「どうしちまったんだよ、この界隈は。死人の街だな」
あいにく駅舎周辺には蕎麦屋以外、何も無いのである。その蕎麦屋も休みときて、辺りには風の音しかしなかった。
駅からすぐの、多摩湖自転車道に沿って、二人は東へ歩いた。二十分も行くとアジサイ園の看板が見えて来た。低い土階段が敷かれ、茜は慣れた様子で下っていった。不安を隠しきれないまま、菊比呂も、後に続いた。
土階段を降りて、人がやっと一人通れる幅の、狭い路地が伸びていた。途中、錆びた門が二つあったかと思うと、その都度、軋ませ押し開けて、三つめの門に達すると、これもギギと開けた。入るよう、彼の従妹は促した。
(第11話へつづく)