MONDAY(全6話)
第五話
「…とまあ、そんなわけよ」
「へえ、そりゃ大変だな」
修理工はうなずいてみせた。うなずくと、禿げかかっている頭頂部が露骨である。後部座席のミアも、同意を取れたとみて、深々うなずく。
「まったくよね」
「いや、あんたじゃない。その男の方がだよ」
ミアは口を開きかけたが、それよりも修理工が車を降りたのが先だった。助手席には例の工具箱が鎮座していた。それを持ち運び、さっきと同じ手順で、また新たな自販機の修理にかかるのである。
修理作業はひとつにつき三十分程度を要した。やっと車が走ったかと思えばひとつ止まり、また走ればひとつ止まる。一体今、何時だろう。電話のバッテリーはとうに切れていた。おそらく、高円寺のアパートに着く頃は、とっくに日も暮れているだろう。ミアはじれったさに舌打ちした。
スマホが使えないのでは、埒が明かない。
この一年、ミアの生活はタカが主軸であった。主軸の他に、いくつか支柱もあったのかもしれない。けれど恋の為にとっぱらっていた。結果、今の自分は何もすることが無い。
退屈の恐怖が、顔をかすめた。それは一瞬の気配だった。ミアはその気配に、気づけば怯え始めていた。
男のこめかみに、汗の玉が浮かんでいる。
四月にしては、陽が強烈だ。車中は蒸し風呂状態である。ミアはたまらまくなって、エアコンのスイッチに手を伸ばした。
車窓の外、男はもはや汗だくである。はめたあの軍手は、汚れと吹き出す汗に塗れ、首から提げたタオルも同様だろう。思えば、あのつなぎ服なんて、真っ黒ではないか。洗っているとは到底思えない。ミアはこれ以上なく顔をしかめた。―なんて不潔!
作業を終えて運転席に戻った男は、黙って車を再発進させた。
「…ねえ、なんで修理工なんてしてるの?面倒くさそうだし、儲からないでしょ。あんた、臭いわ」
するとその質問には答えない。
「最近、娘が産まれてね」
彼は上機嫌に声を染めた。
「モナっていうんだ。ほら」
男は前方を注視したまま、ミアに一枚の写真を手渡した。産まれたばかりの赤ん坊は、赤いような青いような、猿の顔で笑っていた。
「へえ、よくわかんないけど、可愛いかもね」
修理工は娘の話となると、やけに饒舌になった。適当に相槌を打っていると、更に語調は明るい。ミアはミアで、手持ち無沙汰を忘れるために、会話は大変有益であった。
二人の会話に、次々と花が咲く。思えばこの一ヶ月、タカ以外の人物とまともに話すこともしていなかった。ミアは修理工との会話に新鮮を見出し、もしかしたら、これがずっと必要だったのかもしれなかった。
(悪くないわ)
座席に背もたれ、空を見ていた。何か、広がりを感じる。
そして今頃になって、彼女を午睡が迎えにやって来た。背もたれたまま、ミアは小さな満足を胸に、眠りへと落ちていった。…
つづく