宇宙の理(全6話)
第2話
「アンタ、何でもかんでも顔に出しすぎよ。おこちゃまね」
「菊ちゃんは?」
「菊比呂?知らないわよ。あんなオカマ」
「成部だって、同じ組合でしょうが」
小夜子はため息した。
「うまくいかないことばっかりね」
それだけ言うと、自室に戻った。
ごろんと寝転んだ。花は香水壜に挿した。
仰向けになったまま、しばらく小夜子は身じろぎせずに、天井を凝らした。
何度やっても、結果は同じだった。いざ、役を演じても、例えそれが渾身の演技だったにしても、大人たちは冷笑するか、彼女の演技を中断して、退室を命ずるばかりだった。
(…どこかで待っている。だから、前進。進軍。どんなときだって)
出逢ってみせる。追いかけ続けた先の曲がり角で。
ー信じていた。不安と等分の強さで、涙まじりに信じていた。何百の人間を生き、何千の顔を持つ日。舞台に立つ日。正夢と出逢う日...
「小夜子、ちょっと、」
ドアの向こうで声が呼ぶ。成部は短くノックして、小夜子の居室のドアを開けた。
「なに。真っ暗じゃない」
「真っ暗よ。お先真っ暗」
ふん、と成部は鼻を鳴らした。
「菊比呂が、サバ缶と鮭缶、どっちがいい、って」
小夜子は布団を引っ被った。
「任せる。あたし、どっちでもいい。どうでもいい」
「アンタらしくないわね」
成部は少し和らいで、
「食い意地だけはいつも立派なのに。元気だしなさいって。食べて寝りゃ、少しはマシにもなるわよ」
そう言葉繋げる。
彼はため息ひとつ、ドア締めた。部屋は再び、暗さを取り戻した。小夜子の四肢に絡みつくと、静かに薄い眠りへ、彼女を誘った。
先日成部はネズミコウ詐欺のせいで二十万を失い、それからずっと、消沈しているか不機嫌かのどちらかだった。
彼が家賃の殆どを担っていることから、ネズミの件は三人にとって死活問題と化し、迫っていた。菊比呂はバンドをやっていたが居候のようなもので、しばらくはどうにも首が回らない。調理担当の菊比呂も、何せ食材が限られているので、大変苦戦している。毎晩、そうめんだとか豆腐だとかで、食卓は異様に淡白だった。成部はどうにかする、と言うが、詐欺なんぞに引っかかったことで、他の二人からの信用度は、ぐんと低まっていた。
迷った末、小夜子はアルバイトの日数を増やした。菊比呂も、ぶつぶつ零したけれど、やがてファミリーレストランの厨房で、働き出した。
家賃をクリアするためだった。
分かっている。大事さを踏み絵していることくらい、分かっている。これは本当じゃない。そのくらい、嫌なほど分かっている。
つづく