宇宙の理(全6話)
第三話
「へえ、土日もシフト入ったんだ」
きれいな爪をしている。ピンク・ベージュの。
趣味が良い。プロの術を施されたのだろう。テーブルを拭くと、ネイルの色彩が、残像描き、まばゆい弧を描く。小夜子の眼は、それを注視した。
―優月が、急に顔を上げた。
「なに、さっきから」
小夜子はハッと醒めて、
「今日のネイル、いいね。かわいい」
大急ぎの笑顔を貼り付けた。エプロンのポケットに、そっと自分の両手はしまい込んだ。
「…ああ、これ?」
右手、左手、と順番に、優月は陽にかざしてみせた。―ひら、ひらりと宙を舞う。蝶蝶みたいだった。それか、花びら。
優月は満ちた目を指に注いだ。
「昨日の撮影のぶん。気に入ったから、あたし、落とさないでって頼んだの。メイクさん、うんと渋って見せたけどさ」
あはは。高く笑った。
アルバイトが終わるのは、夜十一時である。
小雨が降った後らしい。舗道は癒やされ、夏の終りが、この街に住む、たくさんの夢追い人を、少ししんみりさせる。
小夜子は真っ直ぐ歩きたかった。優月のように、真っ直ぐ歩きたかった。こんなに、いちいち立ち止まざるを得ない、曲がりくねったこの舗道を、恨もうと思えば、いくらでも恨むことは出来た。
自分は醜い。
そう独語して、窓に映る自分を直視することすら出来ない。
人のことなど、どうでもいいのだと、とうに決めたのに。
彼女はシャッターの降りたパル商店街を通る。心に蓋し、横断歩道を渡る。誰かを羨む醜女の自分は、とてつもなくおしゃべりで、それが嫌だから、気持ちを寡黙に、シャッター下ろして、やっと歩くのだ。この自分には、自分しかいない、背くらべなんて、絶対しない。そう決めたから。
四丁目カフェは、この時間でもまだ営業している。喧騒の金曜の夜に、客がごった返して、とても元気だ。かろうじて、一席空いており、小夜子はそこに通された。
窓辺から、南口のバスロータリーを見つめる。高円寺駅のホームに立つ人を遠く見守って、小夜子は次のオーディションに向けたエントリーシートを記入した。
一番安いのはホットコーヒーだ。お代わりは自由である。さして上手くもないコーヒーだけれど、こうしてねばるのは、この界隈によく知れ渡った、常套手段なのだった。
時々手を休め、すると小夜子は街灯の明かりをじっと凝らした。
…明るい夜なのだ。どれもこれもが、明るいのだ。だから、そこら中で笑い声を上げて、冗談飛ばして、元気でいられる。夜は明るい。
明るく。明るく。
それも又、常套手段だ。嘘偽りは、無いはずだった。
電話で呼び出すと、菊比呂は意外にもすぐ現れた。すぐ隣の激安ショップで食糧の買い出しに来ていたと言う。
つづく