書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

THE ゲリラバンド置物人間 Track#3-2

Track#3-2 滅殺!!緊張オノトマペ

’’カタカタ、プルプル、ガッチガチ!排除困難、脱却緊張オノトマペ!’

 

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すばるが伯父が亡くなっあとの高坂書店を継いで、二年になる。

古書店で、おまけに高円寺にあるとなると、本の虫の彼としては、これ以上ないオファーを受けたことになる。二つ返事、引き受けた。

高円寺、という点もまた、彼には魅力に思えた。伯父の娘たちである従姉妹はそれぞれに家庭があり、継ぐ者もなく、そこへ前橋でくすぶっているすばるに白羽の矢が立った、というわけなのだった。

 

書店の二階が住居、という古式ゆかしき造りになっている。当然、というか、まあ当然、便所も水洗だが和式である。

居室六畳、キッチン四畳半、風呂トイレは別々だ。

 

 毎晩の彼は自炊した。自炊で腹を膨らまかせてから深夜カフェのNo.33へ足を運ぶのであるから、注文はコーヒーだけで済む。湘子におかわりをもらい、閉店まで小説を書いて過ごした。

 最近湘子たちが「暇儲け」にハマっているのには困った。強引に付き合わせられるので、すばるは睡眠不足に陥っている。

 

彼の生活はシンプルの極みである。

食う、寝る、起きる。読んで、書く。帳場に座り業務する。また読む。また書く。それを毎日転がするのみである。

 

 

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すばるの料理は我流を極めた。

 

その日も適当な野菜と肉を鍋にぶちこんで、煮て、かっ食らうだけの料理を済ませ、最後に牛乳をガブガブ飲めば、栄養はそれでヨシである。男の料理なんてこんなものだ、彼はそう思って疑わないのだった。

 

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....

「相変わらず、やってるのねえ」

湘子がノートを覗き込んで、

「飽きないの?あんた本ばっかじゃん」 

すると彼は舌打ちし、

「勝手に見るな。失礼だろうが」

と湘子を睨みつけた。だが向こうは何とも思わないらしい。

「おかわりは?」

と、コーヒーの入ったポットを揺らして見せた。すばるは、ああ頼むよと喧嘩腰緩め、頷いた。湘子がカップに注いでいる間、両眼は大忙しに店内をくまなく探している。

 

ー小夜子は?

ーどこに?どこにいる?

 

                            (つづく)

 

THE ゲリラバンド置物人間 Track#3−1

Track#3-1 滅殺!!緊張オノトマペ

’’カタカタ、プルプル、ガッチガチ!排除困難、脱却緊張オノトマペ!’

 

(問題は)

高坂すばるはボサボサの髪を掻きむしる。すると伸びた髪はボサボサを助長して、帳場の彼をより一層、貧乏臭くした。

(問題は、あの子が毎回毎回、俺の前に登場するタイミングがいきなりすぎるんだ。ああ、そうだ、それが問題点だ。その不意打ちが、俺を困惑させるんだ)

 

 

 

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いきなりの登場第一回目は実家帰りのタクシーだった。

彼が乗るタクシーに、彼女は大慌てでノックしたあと、無理やり乗り込んだ。彼は驚いて女を見上げていただけだった。彼女は息を切らせていた。「走って!」と言い放ち、タクシ―は動いた。彼ら二人を乗せたまま、高円寺まで、実際に走った。そして高円寺のどこかへ、女は煙よりもあっさり、消えてしまった。

 

いきなりの登場第二回目はさらにすばるを混乱させた。そしてそれは一昨日の夜のことで、こともあろうに、彼の第二の家・カフェNo.33だ。

 

彼はやはり、呆然として女を見上げるだけで、言葉に詰まって、白痴のように佇んでしまった。彼女が三千雄と湘子(実際には湘子の)従妹であること、名前は「小夜子」ということ、その紹介の文言すら、危うく掴みそこねるところだった。

小夜子は間違いなく、タクシーに乗り込んできたあの晩の女に違いなかった。意思の強そうな鋭角の眉、眉と反して少し垂れた目、何より印象的な泣きぼくろ、斜めがけの赤いショルダーバッグ…

 

 

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彼らは、しばらくの間、小夜子がNo.33でウェイトレスとして働くことになったことをすばるに告げて、確かすばるは小夜子と二三、言葉を交わしたはずだった。

 

小夜子はのんきなものだった。

タクシーに乗り込んできた時は、何かに怯えて、逃げてきたような緊張を表情に走らせていた。その小夜子が、にっこりと笑いかけてなんてした。先日は大変失礼をしました、と礼儀正しく侘びて、長く真っ直ぐの髪がサラサラ揺れて、いい匂いまでさせるものだから、すばるはもう自分が何を言ったのかすら見失って、記憶になんてないのである。

 

そして、彼は書店の閉店時間が近づくにつれ、自らの心悸がじょじょに高まるのを感じた。彼は明らかに高揚していたー、彼は小説の執筆を進めるにも、あの小夜子がいる空間で、今後は執筆作業をすることになるのである。

 

                        (つづく)

 

 

 

THE ゲリラバンド置物人間 Track#2-4

Track#2-4 鳴り響け!わけあり注意報

’歩く先々ぶち当たる。難問奇問、鬼門に疑問!’

 

(前回までのあらすじ)

高円寺駅前でのタックルにより、小夜子のiPhoneは大破した。知り合ったばかりの竹内友尊、成部リキに連れられて、小夜子は純喫茶でクリームソーダを啜るが…

 

 

 

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「…で、アンタどうすんのよ。泊まるとこ、あんの?」

成部はコーヒーをオーダーすると、そこに瓶入り砂糖をザーと大量に入れた。

「…ラガー。クリーム取って頂戴」

「デブるぞ」

クリームもしこたま足すと、成部リキは優雅にくるくるとスプーンでかき回した。

 

「一応、この街に親戚が住んでるはずなんです。従姉夫婦…っていうか、まあ、従姉と従姉のパートナーなんですけれど」

ラガーと成部は、いつの間にか注文したサンドイッチを頬張りながら、無言で頷いて、続きを待っている。

「でも…その…連絡先がわからないんです。ラガーさんのタックルで、iPhoneも壊れてしまったし。正直、途方に暮れているわけなんです」

  友尊のスキをついて、サンドイッチをむしり取ると、成部リキはむしゃむしゃとうまそうに食った。相棒に舌打ちすると、それからラガーは急に居住まいを正す。

「つくづく、すまないことを」

と小夜子に頭を下げた。そして下からチラチラ、彼女の顔を盗み見た。

 

 

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「クレカはあるんです。でも、どうもさっきから使えなくなってるみたいで」

小夜子は深々とため息した。

「だから、ほんとに途方に暮れてしまいます」

「アンタの従姉ってのが、高円寺にいるのは確かかしら?」

小夜子は頷いてみせた。

「―はい。きっと今も三千雄兄さんと一緒に、カフェやってるはずです。確か、No.33?だったかな…」

 

成部と友尊は、思わず顔を見合わせ、無言のうちに頷きあった。

 

                                  (つづく)

THE ゲリラバンド置物人間 Track#2-3

Track#2-3 鳴り響け!わけあり注意報

’歩く先々ぶち当たる。難問奇問、鬼門に疑問!’

 

 

(前回までのあらすじ)

家出少女の小夜子は、駅前のYonchome Cafeで、見知らぬ土地での孤独をしばし味わい、休息する。しかしフィアンセの榎田からの電話が入り、凍りついてしまった小夜子に、厳しい詰問が待ち受けているかと思われた矢先、背後から全力ダッシュで走ってきた男に、小夜子は不意のタックルをくらい、iPhoneもすっ飛び転がっていった。壊れなければよいのだが…

 

                   *

 

 「あら、人違いだわ」

後から駆けつけたもう片方が言って、小夜子のiPhoneを拾い上げた。

 「悪かったわね。あんたじゃなかったわ。さっき、どっかのババアが小銭入れ盗んでね。香港にいたころの、思い出のあるガマ口だったのよ」

そう女言葉で話し、男は小夜子のiPhoneをハンカチに包んで拾いあげたが、あー、だめね壊れたわ、と独語するにとどまった。

 もう片方、タックルをしかけた方の男は、ぽけーとその場に突っ立っている。

「…姫…」

小夜子はクビを傾げた。ラガーはハッと正気に戻ると、大急ぎでiPhoneを相棒の男からひったくると、Tシャツの裾で丁寧に拭き拭き、彼女に恭しく差し出して、

「ええーっと、俺、竹内友尊っていいます」

と突然名を名乗った。

「そして俺は今から一緒に、ケイタイショップへお供致します」

 

 

 

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 iPhoneはまったく破損しており、すぐには、いや、もうもとには戻らないとのことだった。

「メーカーへ修理に出しても、おそらく買い替えるしかないです。どっちにしてももう買い替えの時期ですよね。バッテリーの消費、すごく早くなってませんでしたか?」…

 

 

 途方に暮れる小夜子を、励ますつもりなのか、タックルの罪滅ぼしなのか、男二人は北口に伸びる商店街の純喫茶へと連れてゆき、彼女の好きなものをおごると申し出た。小夜子はクリームソーダをオーダーした。

 

「平和ねえ」

もう片方の男は成部リキ、という名だった。友尊と同じバンドのメンバーで、香港へ一ヶ月ほど滞在して帰国したばかりだという。バンド活動もしばらく休止していた、などと話した。

 

「いいわねえー、家出娘。家出娘とクリームソーダって、何だか妙に合うわね。平和だわあ」

成部リキはどら猫が喉鳴らすように言って、小夜子を愉しげに見ている。

 

 

スッカリ榎田のことを忘れていた。忘れることすら、忘れてしまっていた。今、この眼の前に並んで座る、タックルまでくらわしてきた変てこな男二人に、小夜子は興味津々だったのである。

 

                               (つづく)

 

THE ゲリラバンド置物人間 Track#2-2

Track#2-2  鳴り響け!わけあり注意報

’歩く先々ぶち当たる。難問奇問、鬼門に疑問!’

 

 榎田は四十過ぎ、頭髪はだいぶ後退し、体躯に筋肉の下地はあったが、運動不足睡眠不足・美食過食などが災いし、全体的に、中年の金太郎風である。その榎田が、やたらと小夜子に付きまとうのには、彼女があまりに新鮮だったからだった。

 二周り若く、多くの小男が好む、長身の美女。おまけに周りがハラハラするような言動の頼りのなさが、彼の男を男らしく魅了してしまった。

 

 「それで?今、どこなの?迎えに行く」

 

 小夜子は榎田と通話する最中ずっと、無法図に、神経質に、街をぐるぐる歩き回った。

 

 彼は怒らせると本当に怖かった。正論をついてくる。目から一切の表情が消え、論理で攻めてくる。

 地元前橋には彼のオフィスビルがある。彼の経営するカフェバーが乱立し、ほとんど、彼の王国となりつつあるといってよい。

 ビジネス成功者の榎田は、サイコパスでもあった。切り捨てる時はどんな親しい人間であろうと切り捨て、踏みつけるものは徹底的に踏みつけ見せつけにする冷酷さを持っていた。女にしても、狙った女は何としてでも手に入れた。飽きれば捨てた。

 

 「で、どこ?」

 

 疲れるのだった。怖いし疲れるし、ハゲだしデブだった。無法図に歩く街は、だんだん薄暗くなって、小夜子は、こんな見知らぬ土地に来てしまった自分があまりに短絡的だったのでは、と後悔しかけていた。先程の、カフェでの高揚は消え失せていた。

 

 全て白状して、榎田に迎えに来てもらったほうが、いいような気もしてくる。

 

 母にガンガン説教される。榎田には冷たく叱られる。榎田王国に戻り、結局、縁談と言いつつ、いいように遊ばれるのくらい、見え透いているのだ。使い捨ての奴隷労働をさせられるだけだ。若い女だからと言って、何も見通せないと思うのは間違いだ。

 

 

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 「なんで、言えないわけ?あなた、言えないようなこと、してるんだろう」

 

 電話の向こうで、榎田が苛立ちに唸り始めた。小夜子は何も言えず、押し黙って、やはり無法図に街を歩いた。iPhoneを持つ手は、小刻みに震えて、彼女はどうにもならず、ついに立ち尽くした。彼女は一巡して高円寺駅に戻る途へと戻ってしまっていた。

 

 ダダダダダダ、地響きがする。高架上のオレンジ色の電車を見上げて、けれど地響きは電車によるものでは無かった。男だ。男が二人、それもガタイのいいのが二人、全速力で商店街を走っているのである。

 

 「早く!」

片方が叫んだ。

 「ラガー、その子、とっ捕まえてちょうだい!」

それと同時に、ラガーと呼ばれた方の男が、とつぜん小夜子にタックルを決め、小夜子はそのまま路に倒れた。iPhoneがすっ飛び、カラカラカラと乾いた音立て転がっていった。

 

                         (つづく)

 

 

THE ゲリラバンド置物人間 Track#2-1

Track#2-1  鳴り響け!わけあり注意報

’歩く先々ぶち当たる。難問奇問、鬼門に疑問!’

 

 金に問題は無い。榎田から貰い受けたクレジットカードは、自由に使える。当本人から許可を得ているから、小夜子に金銭の悩みは無用である。

 なぜ、高円寺をほっつき歩いているのか。それは彼女が家出娘だからである。

 


 

 前橋の生活にも、榎田との新生活にも、小夜子はまったく興味を失って、うんざりしていた。だから、他客の乗ったタクシーに無理やり乗り込んで、ここまで来てしまった。

 

 「地元の名主」という文言に、からきし弱い彼女の母は、縁談を大変喜んだ。しかし実際の榎田はひどい浮気男で、女好きというよりも、病的なまでに強い性欲を、持て余していた。

 小夜子の知っている限りでも、三人、女の影がある。三人の女と小夜子を、順々に巡って、それを承知で我慢したのは、あんな喜ぶ母の姿を見たことがなかったからだった。

 

 とりあえず、腹ごしらえをしなければならなかった。彼女は同乗した細身の男に、泊まれる施設が無いか訊くつもりでいたが、男は一切寡黙だった。高円寺駅で下車するなり、すぐさま去っていった。

 小夜子も自動的に高円寺駅で降りることになった。タクシーが走っていた間も、二人に会話は一切生まれず、けれどそれはそれで、構わなかった。無礼を働いたのだし、当然のことだと彼女は内省兼ねてそう思った。

 

 

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 最初に見つけた、駅前のカフェレストランに入った。

 店内は二階で、混雑していた。談笑する声はどれも比較的若かった。同世代か、少し上くらいの人間が集っている。誰も彼も、ある種独特なセンスの服を来て、大音量のBGMが彼らの気分の高揚を代弁しているかのようだった。そう言えば、今日は金曜日だった。

 

 小夜子にはこの、見知らぬ街の見知らぬ人たちに紛れこんだ自分が、切ないほど自由であることに気付いた。その孤独は心地よかった。浸ろうと思えばいつまでも浸りきっていることだって、出来そうだった。それは、家出というトンデモナイ手段を講じて掴み取った、ただいっときだけの、貴重な孤独に過ぎないのだが。

 

 

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窓際席の彼女は、ボンヤリ、いや、ウットリ、熱を帯びた好奇の眼で、高円寺駅を発着する電車の行き交う風景を、しばし夢中に、見つめ続けていた。

                             (つづく)

THE ゲリラバンド置物人間 Track#1-3

Track1−3 知ったかぶり人生難

 

’’知性!品性!貧困知!貧困品格、我らの有閑、人生難!’’

 

前回までのあらすじ)

 

カフェ・No.33の店主三千雄、そしてそのガールフレンドの湘子より「暇儲け」の誘いを受け、拒めど結局付き合わされる羽目になった高坂すばる。夏の夜の環七通りを、三千雄達は熱心に調査する。道中、バンドメンバーでベーシストの竹内友尊こと、ラガーにすばるは遭遇するが…

 

                  *

 

 ラガーはベースケースを背に背負って、短パンから伸びる脚は太く、相変わらず毛深さにおいて右に出る者がない。一度、蚊が毛にひっかかって、刺すこともできず、絡まれたまま身動きできなくなる事件があった。

 

 すばるとラガーは、自販機で各々缶コーヒーを買った。のんびり夜風に吹かれた。

その間も湘子は彼女のいう暇儲けに余念がない。次々に釣り銭出口を探り当て、今日は不作だと嘆きながらも、今の所すでに八百円を彼女は稼いでしまっていた。

 

 

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ラガーとすばるの世間話は続いた。

「ライブハウスの前を、どうみても高円寺女子らしくない、品のいい子がほっつき歩いていてよう」

ラガーの口ぶりはまるで回想するのがこの上ない甘い幸せのようで、すばるはすぐ、こいつは俺と同じ女を見かけたんだ、そう察し、聞き耳を立てた。

 

「その子のスカートがよう、これまた上品柄で」

ラガーは缶コーヒー片手、遠い目をして言うのであった。

「…しかも、すげえいい匂いがしたんだ」

「背丈、かなり高くなかったか?」

すばるはヤキモキしつつも、好奇心に駆られるまま、訊いた。

「そんで、陶器みたいな肌で、瓜実顔で、髪の毛サラッサラで、泣きぼくろがあって」

呆れるほど言葉がついて出て来る。

「赤いショルダーバッグを、斜めがけしてなかったか?」

すばるは友尊の顔を、じっ、と見て、全力で返事を待った。一方のラガーはポカンとして、

「なんで、お前が知ってるんだよ」

つぶやき、

「お前、知り合いか?」

と継ぐ。終いに、

「紹介してくれ!」

単刀直入、猛然と肩を掴んで迫ってきた。すばるはポカンとしたまま、元ラグビー部のラガーに猛然両肩を揺すられると、細身の全身の骨が砕けそうで、危機を感じた。そして、相手もすばると同様、全力で彼の返事を待っているのである。…

 

                        

                                 (つづく)