書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

2020-01-01から1年間の記事一覧

宇宙の理(全6話・最終話)

最終話 一度冴えた目に反し、横たえた身体は深くマットレスに沈んでいた。昨日、アルバイトを終えたのは…確か十一時。そのあと帰宅、菊比呂の持ち帰った弁当を三等分にして。台本の最終チェックをして。それで―。午前二時を過ぎてから寝た。たぶん。だとした…

宇宙の理(全6話)

第五話 翌々日になって、オーディションの通知が小夜子のもとへ届いた。書類選考を通過し、三日後の九月七日、西新宿の会場まで来るよう達示が来たのだった。 成部は薄い反応しか見せなかった。 「へーえ」 先日の臭気の件があって以来、機嫌が悪い。大体、…

宇宙の理(全6話)

第4話 「ふうん。フランス映画でいいんじゃない?」 そんな風に、難儀無く、ぱぱっと選んだ。こういうことに関して、菊比呂は玄人である。 『橋の上の娘』と、『スローガン』、二本のDVDを借りて、二人はレンタルビデオショップを後にした。 二人でブラブラ…

宇宙の理(全6話)

第三話 「へえ、土日もシフト入ったんだ」 きれいな爪をしている。ピンク・ベージュの。 趣味が良い。プロの術を施されたのだろう。テーブルを拭くと、ネイルの色彩が、残像描き、まばゆい弧を描く。小夜子の眼は、それを注視した。 ―優月が、急に顔を上げた…

宇宙の理(全6話)

第2話 「アンタ、何でもかんでも顔に出しすぎよ。おこちゃまね」 「菊ちゃんは?」 「菊比呂?知らないわよ。あんなオカマ」 「成部だって、同じ組合でしょうが」 小夜子はため息した。 「うまくいかないことばっかりね」 それだけ言うと、自室に戻った。 …

宇宙の理(全6話)

第1話 確かに博士は、高円寺文庫センターの前に座している。菊比呂の言っていた通りだ。 時計を見遣る。深夜十一時半を過ぎていた。文庫センターは大抵零時まで開けいている。馴染みのアルバイトに頼めば、更に三十分延びる。 どれくらい、歩いたろう。しこ…

MONDAY(全6話)

最終話 「おい、」 ―声がした。 声は太かった。ぐっ、と肩を掴む者がある。身体を前後に揺すられる。ミアは薄く目覚め、ゆっくり、鈍く、瞳を開けた。―辺りは闇に塗れ、どうやら日は沈んだらしい。 「おい、起きろ」 声の主は繰り返す。修理工だ。野太く響か…

MONDAY(全6話)

第五話 「…とまあ、そんなわけよ」 「へえ、そりゃ大変だな」 修理工はうなずいてみせた。うなずくと、禿げかかっている頭頂部が露骨である。後部座席のミアも、同意を取れたとみて、深々うなずく。 「まったくよね」 「いや、あんたじゃない。その男の方が…

MONDAY(全6話)

第四話 おい!やめないか!」 つなぎ服の男が、バタバタと駆け寄って来た。「壊れちまう!」 喉が乾いて、なのに十円玉五円玉である。購入ボタンをしつこく押すも、自販機は一切黙り込んで、それはタカの沈黙に似ている。段々に、自販機がタカの姿に見えて来…

MONDAY(全6話)

第三話 馬鹿馬鹿しいほど晴れている。 四月の空は少しの窮屈に耐えつつ、晴れていた。大荷物抱えたミアの前を、まだあどけないスーツ姿達が、不慣れな様子で、先輩スーツの後に続き、通った。三、四人は通った。いや、もっと通ったかもしれない。 もとより就…

MONDAY(全6話)

第二話 今日の彼女は大変平和である。レースカーテンの、あの揺らぎのように。 タカは泥酔の自分を迎えに来たし、介抱もした。ミアは彼の愛情を確認出来たから満足である。最初からそうすれば良かった、まどろみながら思う。 (アルバイトをクビになったこと…

MONDAY(全6話)

第一話 眠りから醒め、けれど彼女はしばらく、ベッドの温もりに包まれ呑気である。四月の空気は緩慢だった、レースのカーテンが窓に揺れている。 カーテンはミアが選んだものだった。彼女の恋人は嫌がったが、ミアはお構いなしに購入した。そして今、そのカ…

きっと、世界中探しても、居場所は無かった。何故なら、世界は眼であり、視線である。そこらじゅう、眼という眼が飛び交って、何処までも付け回してくるのだから。 優月はかつて、「花園の住人」である自分自身が、一等、自慢だった。ランウェイを進む彼女は…

おでんの気持ち 第二話(全二話)

「このカフェだってそうよ。夜型人間・ダメ人間のためのカフェなんだから、みんなもっと遅い時間に来て、本でも読むか、音楽聴くかすりゃいいのよ。闇あってこその人生じゃないの。リクエストがあればミッチーのLPレコードがあるから、いくらでも大音量でか…

おでんの気持ち(全二話)

(どんどん埋没している。最後は、きっと、墓穴だ) 書いて消し、消しては書いたが、いっこうに進まぬ。ノートはただ、黒ずんでゆくだけである。三時間が経過した。 (梶井は三十一で夭折した。芥川も、太宰も、三十代でサヨナラだった) 通りを眺めた。 (-俺は…

宵闇ゆく(一話読み切り)

あんまり耳が膨張するものだから、閉ざしてしまいたい。何も、誰の声も聴きたくない。何も、知りたくなんかなかった。 街は弛緩している。花芽の匂いが、しどけなく土の温気に溶けていた。それはサイレンの歌声に似て、通行人達を惑わせている。呑気なのだ。…