宇宙の理(全6話)
第4話
「ふうん。フランス映画でいいんじゃない?」
そんな風に、難儀無く、ぱぱっと選んだ。こういうことに関して、菊比呂は玄人である。
『橋の上の娘』と、『スローガン』、二本のDVDを借りて、二人はレンタルビデオショップを後にした。
二人でブラブラ歩きながら話した。殆どは、彼の恋愛相談だった。
―突然、菊比呂がケケケケ、と笑い立てた。彼の指す先を目で辿ると、そこに博士がいる。
丁度、高円寺文庫センターの角を折れるところだった。博士は、いつも通りの出で立ちである。白衣にネクタイ、垢で曇る渦巻メガネを匂わせ、上半身は前後に揺れている。
菊比呂はケラケラ笑って、もうたまらないらしい。
「…ちょっと、菊ちゃん!」
脇腹を肘で突く。友人に乗じて笑うことが、この夜の彼女には出来なかった。
「一筆、お願いしてみようか」
声潜め、菊比呂に提案した。すると聞こえていたのかいないのか、博士は例の立て札をチョチョ、と指す。
「―書は百円である」
正露丸の息で言った。
二人はからかい半分、それぞれ小銭入れから百円をつまみ出し、博士の横の空き缶へ落とした。博士は金を懐にしまった。サササササ、と実に素早かった。
「何だか、臭いわね」
成部が、眉をひそめた。「食欲が失せるじゃない。何なの」
三人の囲む食卓は、いつもとあまり代わり映えのしない、そうめんと豆腐、みかんの缶詰である。
「ちょっと、アンタ達。何か知ってる?知ってるんでしょう」
気まずい視線を、菊比呂が小夜子へと投げた。成部は見逃さなかった。
「アンタね、小夜子」
「いいじゃない、あたし結構気に入っているのよ。はい、ごちそうさま」
大急ぎで食器を片付すと、ダイニングから逃げ去った。成部はしつこい。しつこいし、根に持つし、面倒臭い。自室に戻ると、これも急ぎで鍵を閉めてしまった。
―とはいえ、自分でも臭くて仕方ない。
鼻が曲がりそうだった。けれど、今の小夜子には、この筆書きがしっくり来る。バカかと問われれば、きっとバカなのだろう。こんな胡散臭い、おまけ正露丸臭いわら半紙の二文字に、心委ねているのだから。
「バカだ」
声に出してみた。「正義」
つづく