書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

宇宙の理(全6話)

 第4話

 

 

 

 「ふうん。フランス映画でいいんじゃない?」

そんな風に、難儀無く、ぱぱっと選んだ。こういうことに関して、菊比呂は玄人である。

 『橋の上の娘』と、『スローガン』、二本のDVDを借りて、二人はレンタルビデオショップを後にした。

 

f:id:sowhatnobby164:20200304223741j:image

 

 二人でブラブラ歩きながら話した。殆どは、彼の恋愛相談だった。

 

 

 ―突然、菊比呂がケケケケ、と笑い立てた。彼の指す先を目で辿ると、そこに博士がいる。

 

 丁度、高円寺文庫センターの角を折れるところだった。博士は、いつも通りの出で立ちである。白衣にネクタイ、垢で曇る渦巻メガネを匂わせ、上半身は前後に揺れている。

 

 菊比呂はケラケラ笑って、もうたまらないらしい。

 「…ちょっと、菊ちゃん!」

脇腹を肘で突く。友人に乗じて笑うことが、この夜の彼女には出来なかった。

 「一筆、お願いしてみようか」

声潜め、菊比呂に提案した。すると聞こえていたのかいないのか、博士は例の立て札をチョチョ、と指す。

 

f:id:sowhatnobby164:20200304224228j:image

 

 「―書は百円である」

正露丸の息で言った。

 二人はからかい半分、それぞれ小銭入れから百円をつまみ出し、博士の横の空き缶へ落とした。博士は金を懐にしまった。サササササ、と実に素早かった。

 

 


 

f:id:sowhatnobby164:20200303001923j:plain



 

 「何だか、臭いわね」

成部が、眉をひそめた。「食欲が失せるじゃない。何なの」

 三人の囲む食卓は、いつもとあまり代わり映えのしない、そうめんと豆腐、みかんの缶詰である。

 「ちょっと、アンタ達。何か知ってる?知ってるんでしょう」

気まずい視線を、菊比呂が小夜子へと投げた。成部は見逃さなかった。

 「アンタね、小夜子」

 「いいじゃない、あたし結構気に入っているのよ。はい、ごちそうさま」

大急ぎで食器を片付すと、ダイニングから逃げ去った。成部はしつこい。しつこいし、根に持つし、面倒臭い。自室に戻ると、これも急ぎで鍵を閉めてしまった。

 ―とはいえ、自分でも臭くて仕方ない。

 鼻が曲がりそうだった。けれど、今の小夜子には、この筆書きがしっくり来る。バカかと問われれば、きっとバカなのだろう。こんな胡散臭い、おまけ正露丸臭いわら半紙の二文字に、心委ねているのだから。

 「バカだ」

声に出してみた。「正義」

 

 

                        つづく