書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

「色眼鏡」最終話(全13話)

蒸し暑い夕方だ。 帰宅すると、桔梗は氷たっぷりのグラスにクランベリージュースをなみなみ注ぎ、すぐに半分を喉に流し込んだ。水分補給不十分なまま過ごしてしまった。熱中症にならなかったのが不思議だ。 南西向き部屋だから、西に傾く陽の光をもろに受け…

「色眼鏡」第12話(全13話)

売り上げが伸びぬことに露骨な不満を浮かべて、帳簿ばかりを見ていた。イライラしている。眉根をひそめ、口角を歪めている。 貧乏ゆすりしたりするので、とっつきの悪さに桔梗はビクついて、アイスクリームを受け取ったが120円と安かった。 「ときに、お客さ…

「色眼鏡」第11話(全13話)

乾いて老人は付け足した。 「娘が、いました。ごろつきの子供を孕んで、私と妻の元から、ごろつきの元へ転がり込んでしまった。その先について、我々は知りえない。一切の連絡が途絶え、もう15年になるのです。あれが、坂を転がり続けて、下の下まで転がり…

「色眼鏡」第10話(全12話)

おそるおそる老人を見た。 枯渇しきった眼と出会った。鳶色の、じっと動かぬ一対が気怠くこちらへ向けられ、その実、どこも見てなどいないかのようでもある。明らかに、自己を外界と線引きをしている様子である。 淡々、ただ淡々、老紳士は言葉を継いだ。 「…

「色眼鏡」第9話(全12話)

...ああ、何もかも。何もかもが、こうも鮮やかなんだ。… 公園中央には噴水池があった。すぐ近くにアイスクリーム屋が陣取っている。周囲に子ども達が群がっていた。多くは大人達にアイスクリームをねだるために集結するのであり、そうでなければ噴水池で水遊…

「色眼鏡」第8話(全12話)

5分間ほど深い呼吸を努めた結果、手足の震えは次第引いていった。10分もすると、まともなったので、三千雄のジョッキコーヒーをぐびと飲んだ。 ジョッキグラスに陽光が琥珀色のプリズムを生み出していた。美しかった。大体、グラスってやつはどれをとって…

「色眼鏡」第7話( 全12話)

結局、どんな煌びやかな衣装を着せても、自分が怯え人形であることには変わりがない。 公園の全て。それらが手のひらを返すとどうなるのだろうか。どうやら、怯えの宿命にお誂え向きの公園になるらしい。 明るみは消し去られた。険悪な顔ばかりが薄暗くこち…

「色眼鏡」第6話(全12話)

病と並行し、無類の単純さを兼ね備える桔梗である。 小腹を満たすべくチーズの試食をしたり、ホームメイドパイの試食に手を伸ばしたり、なんだかんだパクパク食べている。 実際、食べ物は充実していた。コーヒーにこだわる彼女だが目の前にはベーグル専門店…

「色眼鏡」第5話(全12話)

廻田中央公園は、その奥に大学の敷地を控え、つまり学区内であることから、木々が近隣を囲み、閑静だった。 新銅貨窪とは住宅事情が違い、立派な家が建つ。品の悪さを感じさせない、山の手的な雰囲気が漂っているのは区間整理が起因したためである。木々の梢…

「色眼鏡」第4話(全12話)

桔梗の精神状態は、お世辞にも芳しくなかった。 悲観論の追究が、このところの日々の日課であった。雨の外には出たくもなく、夢二の仕事では懸命の努力、明るく振る舞う為、もうどっちがどっちなのかも分からなくなり、職場ですらいささか混乱していたのだっ…

「色眼鏡」第3話(全12話)

藤枝は夢二を辞めずにいた。 平生を装って、えらく淡々と働いていた。ろくに挨拶せず帰って行く藤枝式もそのままで、せいぜいアリーを目で追いかけるのを自制している位だ。加えて、貸した金だけはキッチリ額面通り返してきたので、桔梗はこの失恋者を見直し…

「色眼鏡」第2話(全12話)

こんな婆が大家であるから、自らこのアパートに住もうという、気概ある勇敢の徒などはまずおらず、たまの物好きが新しく住まうものの、その忍耐が持続するのはせいぜい半年、1年もすると皆こぞって去ってゆく。 故に現在もこのオンボロアパートの世話になっ…

「色眼鏡」第1話(全12話)

「何て子だろうね、アンタは!」 台所の小窓から、大家の怒鳴り声が不意に飛び込んで来た。 それは停滞しきった正午の近隣に、似つかわしく無かった。子供を叱り付けている。猛禽類の金切声が、土曜日を引きちぎるようだ。桔梗は両耳を塞ぎたいくらいだった…

「伝書鳩よ、夜へ」最終話(全19話)

階下の大家宅には、未だに灯りが点いている。 婆さんは起きているのか寝ているのか。喚き散らすテレビだけ饒舌の上機嫌、小言とお節介の婆さんについて、それ以外を桔梗は知らない。 兎に角、抜き足差し足だ。 気取られぬよう窓の脇を通過すると、そこは申し…

「伝書鳩よ、夜へ」第18話(全19話)

封筒の表に、宛名は書かれておらず、裏面を返すと、そこには蟻の行列にしか見えない縮まり切った筆跡で、差出人「藤枝和志」のみが明記されている。桔梗は疲れた頭をクラクラさせた。 一体これを自分はどうすると言うのだろう。 藤枝は、とっくに恋敗れたの…

「伝書鳩よ、夜へ」第17話(全19話)

もう、嫌になった桔梗だから、ますます布団をひっ被ってグーグー眠りたかった。明日が投げかけて来る、無遠慮な視線が怖いから、気付かぬ振りして眠りたい。 藤枝はきっと、アリーと、二十も離れた恋人である例の医者、彼らが紡ぐ愛の現場を偶然どこかで目撃…

「伝書鳩よ、夜へ」第16話(全19話)

むしろアリーのほうを案じて、桔梗は訊いた。 「アリーさんは、あんな事をするひとじゃなかったのに」 「アリーと何かあったの?」 だんだん苛々して来た。藤枝は首を左右に振った。 「オレは、何にもしちゃない。でもアリーさんが、あの清楚なアリーさんが…

「伝書鳩よ、夜へ」第15話(全19話)

「ーなんてザマだ、情けねえ」 常連らしい客が、居酒屋の主人に向かって言った。 「それで、この若いのは、一体帰れるのかねえ。大将、こいつは金を払う気もないよ」 するとずっと苦虫を噛み潰していたこの居酒屋の店主は、どこからかバケツを運んで来た。そ…

「伝書鳩よ、夜へ」第14話(全19話)

(前回までのあらすじ) …対人恐怖症の同僚・藤枝より、アリーへの恋文手渡しを頼まれた桔梗。しかしながら彼女は生来のご都合主義から、この役目を放棄する。一方、医師との愛人関係に、アリーは苦悩し、疑問を感じていた。… 金曜夜の街は、開放感に満ち満ち…

【ブログ更新時間について】

オッハヨー火曜! 小学生男子ばりに夏休みに限り早起きの、のびでございます。 さて、ブログ更新時間がランダムだという貴重なアドバイスを貰った小生、 更新時刻を ①朝っぱら6時 若しくは、 ②夜ッパラ6時 に固定してみよかとおもいます。 ロクロク!ろくで…

「伝書鳩よ、夜へ」第13話( 全19話)

菊屋通りには昔ながらの定食屋、カレー屋、たこ焼き屋、ラーメン屋台、たい焼き屋やら中華そば店、焼き鳥屋、最近ではトルコ人のケバブスタンドやネパール料理店、タイレストランなども参入し始め、どこもかしこも安価で食わせてくれるのだから、懐の寒い住…

「伝書鳩よ、夜へ」第12話

勘定を払ってしまってから、そそくさと店を出た。 ドアをくぐった瞬間、湿った梅雨の外気がモワッと全身に襲いかかって、思わず息詰まった。 終日、小雨が降ったり止んだりの繰り返しだったが、宵時には上がっていた。 酷い湿気だ。辟易するも、見上げた夜空…

「伝書鳩よ、夜へ」第11話

「ねえ、キキ。私のお付き合いしてるのはね、お医者なの。二十も上だけど、私、あの人のこと、とっても好きよ」 「英語もフランス語もドイツ語も堪能で、ロシア語だって少しばかり話せるの。彼ね、何でもくれるのよ。会うたんびに素敵な首飾りだったり、傘だ…

「伝書鳩よ、夜へ」第10話

...こうも成ったら、もう不審な恋の不審な茶封筒そのままを、帰り際ただ手渡すだけでも充分なんじゃないか。 それは、桔梗にとって救世主のような考えだった。これならば、気安い。達成可能だ。しかも取り敢えず渡すわけだから、一応の目的は果たす結果にな…

「伝書鳩よ、夜へ」第9話

食前酒を飲むアリーの姿は美しかった。気怠い表情、物思う眼をして、往年の映画女優のようである。 平素見る事ない雰囲気を纏った友人を前に、桔梗はどう話したものか、急に分からなくなってしまった。 困惑を隠そうと、コーヒーを啜る。スッカリ冷めて、泥…

「伝書鳩よ、夜へ」第8話

伝書鳩をサボっている事が藤枝にバレた暁には、ネチネチ嫌味を浴びせられること違いない。恨みつらみの面倒なシナリオが確実に待っている。 回避するにはもう、今晩渡すしか無い。腹をくくった桔梗はええいとアリーを食事に誘った。 ハーマンは8時に戻った…

「伝書鳩よ、夜へ」第7話

アリーは、その後しばらく仕事にもつかず、療養生活を送っていた。 近況を知った年かさの幼馴染みが、ある日連絡を寄越したことから、彼女の東京生活が始まるキッカケが生まれた。 誘い主は、現在もBooks Yumejiで働くキムであった。 彼女は危ういアリーの精…

「伝書鳩よ、夜へ」第6話

アリーと、脳に障害のある八つ違いの弟は母の連れ子である。母親の再婚により、腹違いの兄と姉を持つことになった。 しかしながら彼女の大学進学と同時に一家は離散し、唯一、弟だけそばに残った。家族関係はもう随分むかしからギクシャクしていた。 障害を…

「伝書鳩よ、夜へ」第5話

「いい返事が来るといいね」 ここは努めて年長者らしく振舞おうとした。 「藤枝君は頭がいいからアレコレ先読みするのだろうけど、成るように成るよ。無理にとは言わないけれど、ここはドンと構えて...」 桔梗は結局自分もまた緊張しているのであった。気ま…

「伝書鳩よ、夜へ」第4話

「やはり桔梗さん位しか頼る当てが無いんですよ。そこで僕はですね、止む無く桔梗さんにお願いしようと思うわけです」 藤枝は偉く深刻な面持ちでそんな風を言った。 嫌な予感に身構え、もしやいよいよおかしな宗教とか、後頭部の打撲だとかの話が現実に始ま…