書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

「伝書鳩よ、夜へ」第3話

向かいのコーヒー店は思いがけず混雑していた。 戻ると藤枝が本の山の解体に未だ燃えており、今朝から続く彼の不機嫌はいささか度を過ぎている。 (一生不機嫌を決め込むのだろう。何とも気疲れだ) 今後を憂い、コーヒー片手、雨傘をたたむのも憂鬱に感じる有…

「伝書鳩よ、夜へ」第2話

下手な気遣いにヘソを曲げた藤枝は、本日も無言を通す気でいるらしかった。 返す返事には、プライドを傷つけられたことへの憤怒が色濃く滲み出て、気まずいこの雰囲気に彼女はスッカリ神経を削らせてしまった。 ー午前中からこの調子だ。あんまりじゃないか…

「伝書鳩よ、夜へ」第1話

五月の終わりから次第天候は曇りがちで、ハラハラ小雨の降る事があった。止んだり降ったりしていたが、六月に入ると毎日傘が要るようになった。空気がだんだんに重くジットリし始めて、まるでそういう肌着を一枚余計に纏って暮らしているような気分であった…

「廻田の雨降り」最終話

しばらくすると、商店街が姿を現わす。 昔からの学生向け古書店が軒を並べ、定食屋なども多い。ヴィンテージ品を売る店もまた連なって、新旧織り交ぜの店々がそれぞれの商売に勤しむ。何と無くざっくばらんで、うるさくない。 お客達はみな、遠慮の無い買い…

「廻田の雨降り」第15話

「どうです。いかがしましょう」 出だし威勢が良い。桔梗は迷った。悩むうち、がんじがらめになったわけだが、ジェラート屋はと言うと、これが身じろぎもせず、銅像の体で注文を待っているのである。指先すら動かそうとしない。 抹茶味を選んだ。相手はニッ…

「廻田の雨降り」第14話

半ばヤケッパチで放った桔梗の言葉を、湘子は勘違いして薬依存の克服の気概と受け取ったようだった。 肩をポンポン叩き励ますものだから、反駁するにもできず仕舞で、桔梗は笑顔の湘子に見送られてカフェNo.33を後にすることになってしまった。 ーへんな一日…

「廻田の雨降り」第13話

蜜月みたいな読書時間を、過ごすはずだった。 ところがろくでもないのである。ああ、馬鹿だ、馬鹿だ。馬鹿な読書だ。馬鹿な神経だ。 桔梗は厳しい表情でさらに考えた。暗い考えばかりがこんこんと湧き始めた。 ....この読書が無駄になったとすると、その後、…

「廻田の雨降り」第12話

徐々に客の入りが増えて、カフェNo.33はようやく稼働らしい稼働を始めた。 時刻は午後三時、おしゃべり目的の近隣の主婦一群が現れたのを皮切りに、大学生、アルバイト前のフリーターなど比較的若い世代が来店、このあたりはノートを広げるか週刊誌を広げる…

「廻田の雨降り」第11話

「キキちゃんみたいなアイスコーヒー党には堪らないはずだからね。まずお客さんはサイズ感にウットリ、次に冷え冷えコーヒーにウットリ、飲み干したらああ美味かったとウットリして欲しいのだ。どうだろうキキちゃん、ひとつ、ゆっくりして行きなよ。僕は何…

「廻田の雨降り」第10話

喫煙席の二組の客もまた、桔梗と同じ量分の暇を持て余してか暢気に喫んでいる。 No.33では混雑の如何にかかわらず、誰もが悠々自適、ごろ寝でも出来そうであった。店主の三千雄をはじめ、ここには咎める者も無ければ急かす者もない。 ようやく心が、あるべき…

「廻田の雨降り」第9話

自由に憧れ自由を求め、しかし心根の不安が決してそうはさせてくれない桔梗にとって、この従兄は叶えられない夢の体現者である。 窓越しに覗くと、どうやら店内は比較的空いているようで、奥の厨房には三千雄の姿が見え隠れしていたが、どうも調理というより…