「廻田の雨降り」第9話
自由に憧れ自由を求め、しかし心根の不安が決してそうはさせてくれない桔梗にとって、この従兄は叶えられない夢の体現者である。
窓越しに覗くと、どうやら店内は比較的空いているようで、奥の厨房には三千雄の姿が見え隠れしていたが、どうも調理というよりは休憩中のようだった。
ガールフレンドの湘子がすぐに出てきて、桔梗を招き入れるなりこう言った。
「ミッチーはねえ、いま新作を考案中なのよ。はい、桔梗ちゃん。とりあえずお冷。随分と晴れたものよねえ。うちは雨の日の方が儲かるのよ。それか夜の時間帯よね。最近夜カフェとか言って洒落た女子も来るようになったのよ。まあ、大半はただの夜型人間の集まりだけどね。暇なのよ今」
湘子は常から活気に溢れ、思ったことはバンバン言わないと済まない気性の持ち主で、度を越えた活力が周囲を圧倒し、そのみなぎるエネルギーには、逃げ出すか平伏すかしかない。
敷居の向こう側、喫煙席のテーブルには二組の客があったが、湘子はまるきり気にも留めずにベラベラと話すのだった。
「晴れてる日中にうちに来るのはちょっと見当違いなのよ。ここは夜の部がウリなんだもの。夜の人間はひねくれて根性曲がってるから、見てても楽しいじゃない。それに晴れた午後くらいはねえ、外で日光浴でも本来するべきよ。軟弱よ、軟弱。日中にカフェなんかしけこんでどうすんのよ。…あっと、ごめんごめん。桔梗ちゃんはいいのよ来てくれて。だってビョーキでしょう?あたしビョー人に関してはね、昼だろうと夜だろうと来ればいいって、そう思ってんのよ。で、うちのコーヒー飲めばいいのよ。気が晴れるから。理由は定かじゃないけれど、なんか効くらしいのよね、 ミッチーの淹れたコーヒーは。さすがはミッチーだわね」
湘子は精神病棟で看護師をしている事もあり、桔梗の持病である抑うつ神経症に対して気さくだった。自身も十代の頃に躁鬱を患って、その後に実兄が家出先で縊死を遂げている。
(第10話へつづく)