書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「マラカス奏」第15話(全20話)

茜はテーブルの上のジャム瓶二つを自分に、もう二つを菊比呂の前に差し出すと、やおらインターネットラジオを点けたのだった。 すると、かつて菊比呂が熱病に罹ったように聴いていた、七十年代ロックが、オンボロ小屋には似つかないクールさで流れ出した。 …

「マラカス奏」第14話(全20話)

彼の眼前には、瓶詰めが四つ並んでいた。その向こう側で、茜が温厚な笑顔を浮かべて待っている。 「何だよ、これ」 瓶には何やら、小豆を小さくしたような、球体色とりどり、まんまる玉がギッシリと詰めてある。―ラムネだろうか。いや、駄菓子の類か。 「も…

「マラカス奏」第13話(全15話)

茜が、おかわりを注ごうとしていた。 「いらない。もう、本当にいらない」 彼は慌てて従妹を制した。茜には意外だったらしい。 「菊ちゃん、遠慮はいらないよ。寒いんでしょう」 「ちっとも寒くなんかない、いらない。絶対にいらない」 菊比呂はカップを手で…

「マラカス奏」第12話(全15話)

彼の災難は続いた。茜の淹れたコーヒーはろくな代物ではなかった。 あまりに不味いので、どうしても全部飲み干す気になれずにいるところへ、夕食に、とグラノーラなんぞを勧めて来たので、彼は絶望したように、「過酷な人生、罰ゲーム」だの、「俺のカルマ……

「マラカス奏」第11話(全15話)

(前回までのあらすじ)友人マーク夫妻のカフェ・モーブより帰途についた茜と菊比呂。中央線の運転見合わせをキッカケに、菊比呂は従妹の茜宅に一晩世話になると決めたのだが... 「ここからが、私の敷地」 と彼女は得意げである。 従妹の住まいのオンボロ平屋…

「マラカス奏」第10話(全15話)

菊比呂は南阿佐ヶ谷に住んでいた。もろに足止めを食らい、しかしながら彼は明日もモーブのアルバイトである。仕込みがあるため朝早い。 普段なら、近所のうるさい小母さん手前、この奇抜な恰好の従兄を招いたりはしない茜だが、底冷えの今晩は別である。オン…

「マラカス奏」第9話(全15話)

三十分位して、菊比呂は戻った。 マフラーを巻かない首は、なおのこと蒼く乾燥して、粉を吹いている。ポケットに両手を突っ込み視線はキョロキョロ、もはや不審者の体である。マイアの件でグダグダ言い始めた。 「終わったことでしょ。何もかも、過去だ。死…

「マラカス奏」第8話(全15話)

「仕方ないよ」 菊比呂は甘美なみじめったらしさに浸かっている。茜は呆れと同情をこめて、従兄の青白い横顔を見た。 「マイアには好きな人がいるんだからさ。それに、別の恋がどうせすぐまた、やって来るって。保証するよ。菊ちゃんは惚れっぽいから」 「じ…

「マラカス奏」第7話(全15話)

マークが小さくあくびした。自分と蓉子、菊比呂の分のホットチョコレートを淹れた。そして、それぞれが飲んだ。 しばし味わってから、マグカップを料理台に置いたマークは、いつもの間延びした声で、 「クリスマスは何処へ行こう」 と蓉子に目を向けた。温泉…

「マラカス奏」第6話(全15話)

蓉子は一等明るい、日向のテーブルに茜を通した。 「この席、実は茜ちゃんの為に、取っておいたの。マークには内緒よ」人差し指を口元へ当ててみせる。 「ゆっくりしていってね。ーねえ、本の虫はだんだん減ってしまっているでしょう、何だかこの頃、わたし…

「マラカス奏」第5話(全15話)

N社のKという人物より連絡があったのは、つい一昨日の夜である。 金は出せないが、良いものであれば載せる、と言った。急だが、次週までに仕上げるよう告げて、先方はというと一方的に電話を切った。 作家への足掛かりとなる機会を得たとあっては、俄然、張…

「マラカス奏」第4話(全15話)

彼女はレーズンパンにジャムを塗り広げる時、幸せだった。心が、サアッと染まる。緑茶を飲めば、あのアブサンはどんなだったろうと思いを馳せ、珈琲と珈琲色のセーターに希望を持った。祖母の形見は珊瑚の首飾り、パプリカなんかも素敵で、そういえば商店街…

「マラカス奏」第3話(全15話)

(前回までのあらすじ) 歳暮の用事で三越まで赴いた茜だが、慣れない人混みと、千疋屋での散財で疲弊する。帰る先は「萩の坂」のオンボロ平家、彼女はここでの暮らしにようやく慣れたようである。 風呂場の雨漏りだけ、手の打ちようが無かった。寒さ暑さは凌…

「マラカス奏」第2話(全15話)

杏北寺から乗り継いで揺られること十分、萩ノ坂という、今時珍しい、便所に洋式が無い駅の、アジサイ園近くに茜の住まいはあった。 空腹に耐えかね、杏北寺で晩飯を、と思ったが、覗いた財布には千円札すら姿無かった。 千疋屋で散財したのだから、さらに堪…

「マラカス奏」第1話(全15話)

マラカス奏 歳暮を贈った。晴れた日曜だった。 焚きつけるように日本橋三越まで出向き、用事を終えると、彼女は久しく気楽になった。住まいをタダで譲り受けたとあって、その山形の某市に住まう、遠い親戚のS夫婦には、奮発して千疋屋の水菓子か、とらやの…

更新時間も冬バージョンになるです

おはようございます🌞 すでに風邪っぴきの小生、今後つづく寒さにどう対処すれば良いのやら、、、 さて、お知らせです。 ◉冬生活に向けてブログ更新時刻を、「夜8時」に変更してみたりします!今日からです。 ◉新小説連載、始めます!今日から。夜8時によろ…

「あなたは最高」最終話(全22話)

キムは手を震わせ、応答しないまま、ただ画面に浮かび表示されるその名前を見つめてた。呼び出し音は続いた。 桔梗はキムを見た。キムも桔梗を見た。悲しそうに笑って、涙目を浮かべた。キムは、応答しようとして、耳にあてがう代わりに、もう片方の手で震え…

「あなたは最高」第21話(全22話)

引き摺られるままに歩んだ桔梗だったが、圧倒的な丘の濃緑に、感じ入った。2人は不安だった。 桔梗はキムが自分と同じように不安であることを、感じ取っていた。ー苦手だったあのキムはどこにもいなかった。ここに歩くキムは、友達だった。 舌打ちして、苛々…

「あなたは最高」第20話(全22話)

「行くわよ、キキ」 モールの外扉を出るなり、キムが腕を引いて言った。裏手の丘を指している。 「今から?」 「そうよ」 キムはいつになく真剣だった。けれど厄介なことに、桔梗の身体は、神経疲労のために細かく震え始めていた。 ここで無理すれば、数日を…

「あなたは最高」第19話(全20話)

キムと桔梗を交互に見遣った。 「…繰り返すけれどね、ここには誰も来やしない。もう丸5年、こうしてカウンターに座って、外を見つめているけれど、誰1人来ないのさ。あたしゃね、ただ、話し相手が欲しかったというわけさ。ひたすら見続けていたんだ。残され…

「あなたは最高」第18話(全20話)

粗末な義眼だった。ピンポン球にマジックペンで黒目を描いただけのような簡易式、おまけ手垢で黄色く汚れている。 「薄気味悪いでしょうか。まあ、いい。誰だって、最初はそういう表情を見せるものですな。客はあたしを怖がってるんだ」 何と言えばいいのか…

「あなたは最高」第17話(全20話)

どうも湿気っている。店舗は仄暗く、客の姿はなかった。 挨拶に出た書店主は70過ぎ、痩身の老店主で、同じ暗褐色の、殆どサングラスのような眼鏡を掛け、杖をついていた。 彼は丁重とは呼べぬ仕草で本をカウンターに置いた。すぐ椅子にドサッと腰掛けた彼は…

「あなたは最高」第16話(全20話)

ーなんて下手くそなんだ。話すのが怖い、人間の下手くそだ。 不安の問題を口にしたものだから、それはつまり鬱屈神経団を呼び寄せる呪文だった。桔梗の手指、強いては身体全部を、このように硬くゴワゴワ苦しめるのは、いつだって彼らなのだ。彼らは何かと付…

「あなたは最高」第15話(全20話)

桔梗は珍しく語気を強めた。 「鬱屈神経団を追い払うには、それしかないんだ。目一杯楽しんでいないと、ふとした瞬間にあいつらがやって来るんだ。心の隙間へスッと入り込んで、真っ黒けに汚すんだ。だからご機嫌を衒うんだ。呑気を衒って、人生を衒っている…

「あなたは最高」第14話(全20話)

ーでも、いささか事情が違ったわ」キムは煙を吐いた。 「私はただ逃げ出すためだったけど、彼は違った。ちゃんと目的があって、ちゃんと未来を築こうとしていた。キチンと目的があっての訪日だったのよ。つまりね、あたしとはもうその時点で既にバラバラだっ…

「あなたは最高」第13話(全20話)

キムは煙草を灰皿に押し付け、ぐしゃぐしゃ揉み消した。 「ああ、うるさいったらありゃしない。もう磨り減りそうって時に」 桔梗は黙って次の言葉を待った。 「知ってるんでしょう?きっとアリーから聞いてるはずよ。ーあたし、ここのところ彼とうまくいって…

「あなたは最高」第12話(全20話)

店内は独特の臭気を漂わせていた。 ハーマンのオフィス、柑橘類とコーヒーの香りを、桔梗は懐かしく思う。2人並んでプラプラ見て廻るが、何ら興味惹かれるものは無い。2階へも上がってみたが、売り物の全てが建物と呼応し、えらく昔風で、キムはもう飽き飽…

「あなたは最高」第11話(全20話)

タラコ色の電車は、急に速度を増して走り始めていた。トットコ走ること30分、S市駅に到着した。 駅で降りる乗客は殆ど無かった。 平日の昼である。閑散としきって、腰の曲がった老人が歩調ゆっくり去って行くともう、人影の一切が消えた。 キムと桔梗だけが…

ブログ更新時間変更について・其の2

深夜ですが突如お知らせです。 明日より、ブログ更新時刻が朝6時から、朝8時に変わりますヨ! まだまだ書き連ねますんで、まだまだしつこく読み進めてね!

「あなたは最高」第10話(全20話)

キムへの共感は、桔梗の律儀のお人好し精神に火を灯す格好の燃料となった。 敏感な神経症の胸は熱くなる。唯一彼女が積極性を発揮する機会でもある。お節介を使命感と勘違いし、さあ頑張ろう、人肌脱ごうかなどと思い始めてしまった。 藤枝の茶封筒のとき同…