書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

MONDAY(全6話)

最終話 「おい、」 ―声がした。 声は太かった。ぐっ、と肩を掴む者がある。身体を前後に揺すられる。ミアは薄く目覚め、ゆっくり、鈍く、瞳を開けた。―辺りは闇に塗れ、どうやら日は沈んだらしい。 「おい、起きろ」 声の主は繰り返す。修理工だ。野太く響か…

MONDAY(全6話)

第五話 「…とまあ、そんなわけよ」 「へえ、そりゃ大変だな」 修理工はうなずいてみせた。うなずくと、禿げかかっている頭頂部が露骨である。後部座席のミアも、同意を取れたとみて、深々うなずく。 「まったくよね」 「いや、あんたじゃない。その男の方が…

MONDAY(全6話)

第四話 おい!やめないか!」 つなぎ服の男が、バタバタと駆け寄って来た。「壊れちまう!」 喉が乾いて、なのに十円玉五円玉である。購入ボタンをしつこく押すも、自販機は一切黙り込んで、それはタカの沈黙に似ている。段々に、自販機がタカの姿に見えて来…

MONDAY(全6話)

第三話 馬鹿馬鹿しいほど晴れている。 四月の空は少しの窮屈に耐えつつ、晴れていた。大荷物抱えたミアの前を、まだあどけないスーツ姿達が、不慣れな様子で、先輩スーツの後に続き、通った。三、四人は通った。いや、もっと通ったかもしれない。 もとより就…

MONDAY(全6話)

第二話 今日の彼女は大変平和である。レースカーテンの、あの揺らぎのように。 タカは泥酔の自分を迎えに来たし、介抱もした。ミアは彼の愛情を確認出来たから満足である。最初からそうすれば良かった、まどろみながら思う。 (アルバイトをクビになったこと…

MONDAY(全6話)

第一話 眠りから醒め、けれど彼女はしばらく、ベッドの温もりに包まれ呑気である。四月の空気は緩慢だった、レースのカーテンが窓に揺れている。 カーテンはミアが選んだものだった。彼女の恋人は嫌がったが、ミアはお構いなしに購入した。そして今、そのカ…

きっと、世界中探しても、居場所は無かった。何故なら、世界は眼であり、視線である。そこらじゅう、眼という眼が飛び交って、何処までも付け回してくるのだから。 優月はかつて、「花園の住人」である自分自身が、一等、自慢だった。ランウェイを進む彼女は…

おでんの気持ち 第二話(全二話)

「このカフェだってそうよ。夜型人間・ダメ人間のためのカフェなんだから、みんなもっと遅い時間に来て、本でも読むか、音楽聴くかすりゃいいのよ。闇あってこその人生じゃないの。リクエストがあればミッチーのLPレコードがあるから、いくらでも大音量でか…

おでんの気持ち(全二話)

(どんどん埋没している。最後は、きっと、墓穴だ) 書いて消し、消しては書いたが、いっこうに進まぬ。ノートはただ、黒ずんでゆくだけである。三時間が経過した。 (梶井は三十一で夭折した。芥川も、太宰も、三十代でサヨナラだった) 通りを眺めた。 (-俺は…

宵闇ゆく(一話読み切り)

あんまり耳が膨張するものだから、閉ざしてしまいたい。何も、誰の声も聴きたくない。何も、知りたくなんかなかった。 街は弛緩している。花芽の匂いが、しどけなく土の温気に溶けていた。それはサイレンの歌声に似て、通行人達を惑わせている。呑気なのだ。…

「マラカス奏」第15話(最終話)

茜はテーブルの上のジャム瓶二つを自分に、もう二つを菊比呂の前に差し出すと、やおらインターネットラジオを点けたのだった。 すると、かつて菊比呂が熱病に罹ったように聴いていた、七十年代ロックが、オンボロ小屋には似つかないクールさで流れ出した。 …

「マラカス奏」第14話(全15話)

彼の眼前には、瓶詰めが四つ並んでいた。その向こう側で、茜が温厚な笑顔を浮かべて待っている。 「何だよ、これ」 瓶には何やら、小豆を小さくしたような、球体色とりどり、まんまる玉がギッシリと詰めてある。―ラムネだろうか。いや、駄菓子の類か。 「も…

「マラカス奏」第13話(全15話)

茜が、おかわりを注ごうとしていた。 「いらない。もう、本当にいらない」 彼は慌てて従妹を制した。茜には意外だったらしい。 「菊ちゃん、遠慮はいらないよ。寒いんでしょう」 「ちっとも寒くなんかない、いらない。絶対にいらない」 菊比呂はカップを手で…

「マラカス奏」第12話(全15話)

彼の災難は続いた。茜の淹れたコーヒーはろくな代物ではなかった。 あまりに不味いので、どうしても全部飲み干す気になれずにいるところへ、夕食に、とグラノーラなんぞを勧めて来たので、彼は絶望したように、「過酷な人生、罰ゲーム」だの、「俺のカルマ……

「マラカス奏」第11話(全15話)

(前回までのあらすじ)友人マーク夫妻のカフェ・モーブより帰途についた茜と菊比呂。中央線の運転見合わせをキッカケに、菊比呂は従妹の茜宅に一晩世話になると決めたのだが... 「ここからが、私の敷地」 と彼女は得意げである。 従妹の住まいのオンボロ平屋…

「マラカス奏」第10話(全15話)

菊比呂は南阿佐ヶ谷に住んでいた。もろに足止めを食らい、しかしながら彼は明日もモーブのアルバイトである。仕込みがあるため朝早い。 普段なら、近所のうるさい小母さん手前、この奇抜な恰好の従兄を招いたりはしない茜だが、底冷えの今晩は別である。オン…

「マラカス奏」第9話(全15話)

三十分位して、菊比呂は戻った。 マフラーを巻かない首は、なおのこと蒼く乾燥して、粉を吹いている。ポケットに両手を突っ込み視線はキョロキョロ、もはや不審者の体である。マイアの件でグダグダ言い始めた。 「終わったことでしょ。何もかも、過去だ。死…

「マラカス奏」第8話(全15話)

「仕方ないよ」 菊比呂は甘美なみじめったらしさに浸かっている。茜は呆れと同情をこめて、従兄の青白い横顔を見た。 「マイアには好きな人がいるんだからさ。それに、別の恋がどうせすぐまた、やって来るって。保証するよ。菊ちゃんは惚れっぽいから」 「じ…

「マラカス奏」第7話(全15話)

マークが小さくあくびした。自分と蓉子、菊比呂の分のホットチョコレートを淹れた。そして、それぞれが飲んだ。 しばし味わってから、マグカップを料理台に置いたマークは、いつもの間延びした声で、 「クリスマスは何処へ行こう」 と蓉子に目を向けた。温泉…

「マラカス奏」第6話(全15話)

蓉子は一等明るい、日向のテーブルに茜を通した。 「この席、実は茜ちゃんの為に、取っておいたの。マークには内緒よ」人差し指を口元へ当ててみせる。 「ゆっくりしていってね。ーねえ、本の虫はだんだん減ってしまっているでしょう、何だかこの頃、わたし…

「マラカス奏」第5話(全15話)

N社のKという人物より連絡があったのは、つい一昨日の夜である。 金は出せないが、良いものであれば載せる、と言った。急だが、次週までに仕上げるよう告げて、先方はというと一方的に電話を切った。 作家への足掛かりとなる機会を得たとあっては、俄然、張…

「マラカス奏」第4話(全15話)

彼女はレーズンパンにジャムを塗り広げる時、幸せだった。心が、サアッと染まる。緑茶を飲めば、あのアブサンはどんなだったろうと思いを馳せ、珈琲と珈琲色のセーターに希望を持った。祖母の形見は珊瑚の首飾り、パプリカなんかも素敵で、そういえば商店街…

「マラカス奏」第3話(全15話)

(前回までのあらすじ) 歳暮の用事で三越まで赴いた茜だが、慣れない人混みと、千疋屋での散財で疲弊する。帰る先は「萩の坂」のオンボロ平家、彼女はここでの暮らしにようやく慣れたようである。 風呂場の雨漏りだけ、手の打ちようが無かった。寒さ暑さは凌…

「マラカス奏」第2話(全15話)

杏北寺から乗り継いで揺られること十分、萩ノ坂という、今時珍しい、便所に洋式が無い駅の、アジサイ園近くに茜の住まいはあった。 空腹に耐えかね、杏北寺で晩飯を、と思ったが、覗いた財布には千円札すら姿無かった。 千疋屋で散財したのだから、さらに堪…

「マラカス奏」第1話(全15話)

マラカス奏 歳暮を贈った。晴れた日曜だった。 焚きつけるように日本橋三越まで出向き、用事を終えると、彼女は久しく気楽になった。住まいをタダで譲り受けたとあって、その山形の某市に住まう、遠い親戚のS夫婦には、奮発して千疋屋の水菓子か、とらやの…

更新時間も冬バージョンになるです

おはようございます🌞 すでに風邪っぴきの小生、今後つづく寒さにどう対処すれば良いのやら、、、 さて、お知らせです。 ◉冬生活に向けてブログ更新時刻を、「夜8時」に変更してみたりします!今日からです。 ◉新小説連載、始めます!今日から。夜8時によろ…

「あなたは最高」最終話(全22話)

キムは手を震わせ、応答しないまま、ただ画面に浮かび表示されるその名前を見つめてた。呼び出し音は続いた。 桔梗はキムを見た。キムも桔梗を見た。悲しそうに笑って、涙目を浮かべた。キムは、応答しようとして、耳にあてがう代わりに、もう片方の手で震え…

「あなたは最高」第21話(全22話)

引き摺られるままに歩んだ桔梗だったが、圧倒的な丘の濃緑に、感じ入った。2人は不安だった。 桔梗はキムが自分と同じように不安であることを、感じ取っていた。ー苦手だったあのキムはどこにもいなかった。ここに歩くキムは、友達だった。 舌打ちして、苛々…

「あなたは最高」第20話(全22話)

「行くわよ、キキ」 モールの外扉を出るなり、キムが腕を引いて言った。裏手の丘を指している。 「今から?」 「そうよ」 キムはいつになく真剣だった。けれど厄介なことに、桔梗の身体は、神経疲労のために細かく震え始めていた。 ここで無理すれば、数日を…

「あなたは最高」第19話(全20話)

キムと桔梗を交互に見遣った。 「…繰り返すけれどね、ここには誰も来やしない。もう丸5年、こうしてカウンターに座って、外を見つめているけれど、誰1人来ないのさ。あたしゃね、ただ、話し相手が欲しかったというわけさ。ひたすら見続けていたんだ。残され…