書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

「廻田の雨降り」第8話

故に、カフェ自体も店主の個性を受け継ぎ、老若男女奇人変人、どんな客であろうと大歓迎なのであった。 アパートからNo.33のある廻田までは二駅分あったが、桔梗は台風でも無い限りこの距離を自転車走行した。何せ稼ぎが少ない。自転車は桔梗のアシであり、…

「廻田の雨降り」第7話

今日こそはあの本を読むのだ。 せっせとペダルを漕ぎながら、桔梗はしばらくご無沙汰の小説を思った。それはかれこれ二週間前に借りた本で、読もう読もうと念じ、しかしながら読む機会を設けられなかった本だった。 図書館で手に取った時の高揚は素晴らしか…

「廻田の雨降り」第6話

快晴、程よい風。理想的な五月晴れである。 まったく、こんな気分の回復が待っていたとは手持ち無沙汰にも案外希望が持てる。 ーそう思った途端、桔梗は急に調子付いて、もう口笛など吹いているのである。 フフフ、乱反射の陽光と来ればお気に入りのサングラ…

「廻田の雨降り」第5話

...七十過ぎの婆さんで、性根全体が度を過ぎるお節介、何かと口喧しく言ってくる。オンボロアパートにはもはや桔梗ともう二世帯の住人を残すのみ、あとは空部屋状態がずっとだ。半年に一度は新たな入居者もあったが、婆さんのお節介の猛襲に耐え切れず、また…

「廻田の雨降り」第4話

しかしながら、思案して、いい考えが浮かぼうものの、これはこうだからああだからと逐一理由を連ねるせいでどうにも腹が決まらない。抑うつ神経症者の多分にもれず、桔梗は意欲に乏しく、趣味に乏しく、何より判断力、実行力に乏しい。つまりは優柔不断、日…

「廻田の雨降り」第3話

....いやしかし、何とも見事に晴れわたったものだ。 桔梗は独語し、眼鏡をごしごし拭いてやった。朗々と輝く空を仰いだ。不穏なイメージの支配下で迎える朝ですら、新しい朝、新しい思考が廻る1日は幸福にもピカンと始まるわけで、そのことに勇気づけられた…

「廻田の雨降り」第2話

湯を沸かし、寝惚け眼をゴシゴシ擦りながらコーヒーを淹れた。午前6時半の台所。偶然の早起きを、桔梗は大げさに喜んでいた。 小人族のためのような台所であった。キッチンテーブルを置くスペースは、どういうわけかある。 桔梗は窮屈な棚から赤いネスカフ…

「廻田の雨降り」第1話

目覚めの朧さが、事のすべて暗示のようで、もう桔梗は布団の外が怖いのだった。外側では色々が既に始まっていた。カーテンの向こうには晴れの朝がつるりと鮮度よく用意され、少し離れた環状七号線からはトラックだのバイクだの、ゴウゴウぶうんの轟きが鮮や…