書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

「マラカス奏」第13話(全15話)

茜が、おかわりを注ごうとしていた。 「いらない。もう、本当にいらない」 彼は慌てて従妹を制した。茜には意外だったらしい。 「菊ちゃん、遠慮はいらないよ。寒いんでしょう」 「ちっとも寒くなんかない、いらない。絶対にいらない」 菊比呂はカップを手で…

「マラカス奏」第12話(全15話)

彼の災難は続いた。茜の淹れたコーヒーはろくな代物ではなかった。 あまりに不味いので、どうしても全部飲み干す気になれずにいるところへ、夕食に、とグラノーラなんぞを勧めて来たので、彼は絶望したように、「過酷な人生、罰ゲーム」だの、「俺のカルマ……

「マラカス奏」第11話(全15話)

(前回までのあらすじ)友人マーク夫妻のカフェ・モーブより帰途についた茜と菊比呂。中央線の運転見合わせをキッカケに、菊比呂は従妹の茜宅に一晩世話になると決めたのだが... 「ここからが、私の敷地」 と彼女は得意げである。 従妹の住まいのオンボロ平屋…

「マラカス奏」第10話(全15話)

菊比呂は南阿佐ヶ谷に住んでいた。もろに足止めを食らい、しかしながら彼は明日もモーブのアルバイトである。仕込みがあるため朝早い。 普段なら、近所のうるさい小母さん手前、この奇抜な恰好の従兄を招いたりはしない茜だが、底冷えの今晩は別である。オン…

「マラカス奏」第9話(全15話)

三十分位して、菊比呂は戻った。 マフラーを巻かない首は、なおのこと蒼く乾燥して、粉を吹いている。ポケットに両手を突っ込み視線はキョロキョロ、もはや不審者の体である。マイアの件でグダグダ言い始めた。 「終わったことでしょ。何もかも、過去だ。死…

「マラカス奏」第8話(全15話)

「仕方ないよ」 菊比呂は甘美なみじめったらしさに浸かっている。茜は呆れと同情をこめて、従兄の青白い横顔を見た。 「マイアには好きな人がいるんだからさ。それに、別の恋がどうせすぐまた、やって来るって。保証するよ。菊ちゃんは惚れっぽいから」 「じ…

「マラカス奏」第7話(全15話)

マークが小さくあくびした。自分と蓉子、菊比呂の分のホットチョコレートを淹れた。そして、それぞれが飲んだ。 しばし味わってから、マグカップを料理台に置いたマークは、いつもの間延びした声で、 「クリスマスは何処へ行こう」 と蓉子に目を向けた。温泉…

「マラカス奏」第6話(全15話)

蓉子は一等明るい、日向のテーブルに茜を通した。 「この席、実は茜ちゃんの為に、取っておいたの。マークには内緒よ」人差し指を口元へ当ててみせる。 「ゆっくりしていってね。ーねえ、本の虫はだんだん減ってしまっているでしょう、何だかこの頃、わたし…

「マラカス奏」第5話(全15話)

N社のKという人物より連絡があったのは、つい一昨日の夜である。 金は出せないが、良いものであれば載せる、と言った。急だが、次週までに仕上げるよう告げて、先方はというと一方的に電話を切った。 作家への足掛かりとなる機会を得たとあっては、俄然、張…