書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「マラカス奏」第8話(全15話)

「仕方ないよ」

  菊比呂は甘美なみじめったらしさに浸かっている。茜は呆れと同情をこめて、従兄の青白い横顔を見た。 

 

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 「マイアには好きな人がいるんだからさ。それに、別の恋がどうせすぐまた、やって来るって。保証するよ。菊ちゃんは惚れっぽいから」 

 「じゃあ、誰か紹介してくれよ。今すぐ紹介してくれよ。俺たちは従兄妹だろう」 

 「ヤケは良くないよ」 

 

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   二人は竹林を抜け、お屋敷の角を曲がり、駅前までやって来た。 

 「そういえば、今晩は冬至だな。花井神社で夜祭があるね」 

菊比呂は孤独らしく言った。茜はというと、原稿のことで頭がいっぱいで、これもぼうとやり過ごす。しかし菊比呂と共に、夜縁日へ赴いた。 

 

 宵闇に浮かぶ行灯を、じっと見つめた。瞼の裏に、隆のそばかす乗っけた笑顔が浮かぶ。

   一生懸命だった、一生懸命生きた。亡くなった兄の隆は、今日の茜と同じように、じっと何かを眺めて、一人悦に入る男だった。

 白酒をひっかけ、満ち足りた思いで、ぷらぷら散策した。境内には夜店が軒を連ね、その軒先にぶらさがるは淡い恋色の灯、茜は自然、微笑んでいる。

  ...水彩絵の具でも、溶いたんじゃないか。 

ひそか独語する茜も、淡く酔っている。鼻唄まじり、ぶらぶら歩く。シンと冷え、澄んだ夜空から見下ろし眺めている。

 

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  菊比呂は、どこへ行ったか、姿くらまし消えていた。従兄妹は、子供の時分より、出掛ければ十分経たぬうちからはぐれるのが常で、渋々隆が束ねた。飽きた片方が、とうに帰宅していた、ということも、決して珍しくなかった。二人の友好関係は、大人となった今でも健在である。 

 

 (―それにしても厄介極まりないなあ、あの時の菊ちゃんに、マイアは随分と困った様子だったよ。自分の従兄が、あんな派手派手しい演出の告白なんてして、今後どうみんなに顔合わせればいいか。土屋君はポカン顔、ゾイは俯いて失笑。結果と言えばフラれて終わったんだ。話しにならないよ。ああ、これから色々、気重で気重で気重だ) 

 

   茜は同僚の三人が、自分と、自分の従兄の失態を笑って、それこそ道化扱いしているのでは、と暗く空想した。 

 

(第9話へつづく)