書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「廻田の雨降り」第15話

  「どうです。いかがしましょう」

   出だし威勢が良い。桔梗は迷った。悩むうち、がんじがらめになったわけだが、ジェラート屋はと言うと、これが身じろぎもせず、銅像の体で注文を待っているのである。指先すら動かそうとしない。

 

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   抹茶味を選んだ。相手はニッ、とただ口だけ笑ってみせた。

  注文を受けてからのジェラート屋は手際良かった。無駄の一切が削ぎ落とされた動線を描いた。

 

    ヒンヤリ濃緑色のジェラートが、何層もコテで盛られていく。滑らかそうな表面は、桔梗を夢見心地にさせる。だんだんに汗をかき始め、つやつやはなお一層である。このあと口中に広がるであろう、甘く冷たいとろみを思った時、見惚れずに待つ事など出来はしないのである。

 

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   店主の腕がヌッと伸びた。繊細な絹のジェラートが手渡されると、それはツカーンと桔梗の手のひらを冷え冷えと満たし、憂鬱の心地を慰めた。

 

 

   また、ヌボゥヌボゥ漕いだ。

   夕餉の買い物をする人がちらほら、食糧を求め八百屋やらスーパーやら惣菜店に出向いている。

   急に歳をとった気分で、妙な居心地の悪さを持て余した。

 

   この辺りには中学校が二三、点在した。

   下校する学ラン服や運動着が、年老いた気分の桔梗と共に道を進む。彼らはどうやら、ちょっとは授業から解放されて、ひょうきんに振る舞いたいらしかった。肩掛けカバンを頭のテッペンから提げたり、歩幅を狭めちょこまか歩いて見せる者もある。

 

 

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   たわいのない遊びに興じる彼らの姿を横目に捉えながら、ペダルを漕ぎ、やっと一駅分を走行したのだった。

 

 

   ここら辺はまだ廻田の東で、あともう一駅を行けば新銅カ窪の駅舍が見えてくる。

                              (最終話へつづく)