「伝書鳩よ、夜へ」第2話
下手な気遣いにヘソを曲げた藤枝は、本日も無言を通す気でいるらしかった。
返す返事には、プライドを傷つけられたことへの憤怒が色濃く滲み出て、気まずいこの雰囲気に彼女はスッカリ神経を削らせてしまった。
ー午前中からこの調子だ。あんまりじゃないか。
それは耐え難い下り坂の二時間半であった。昼休憩が近づく頃には疲弊が顔に出て、蒼いくまが両眼下に腰を据え、肩は落ち、自身の困憊を認めるたび、恨めしい目つきでそれを眺めた。
午前の売り上げ金を計算した。集計をようやく終えた頃、閉ざされた奥の小部屋のドアが、ギギ、ギギ、と鈍く軋んでわずかに開いた。
その隙間から、常に変わらぬ上機嫌に顔を輝かせ、店主ハーマン・アトソンがヒョコッと顔を突き出し、気付けば桔梗に手招きしている。
彼のオフィスにはいつも柑橘類の良い匂いが漂っていた。ジャズがかかっている。
壁じゅうにメモやらFAX用紙やらバースデイカードやらクリスマスカードやら、膨大な量の紙物が、四方八方、鋲で打たれている。文字という文字が氾濫し、居るだけでぐるぐる目が回る。
常日頃から小部屋に籠りっきりの店主ハーマンは、日に何度か、コーヒーのおつかいに店員を遣った。大抵桔梗が係である。
「****にエスプレッソショット二杯追加、ホイップクリーム多めでトッピングはココナッツフレークで頼むよ。あと今日はソイミルクは止めにして、アーモンドミルクがいいから、キキ、そこだけ間違わないでおくれ。あまり熱いのは好きじゃないから、六十度くらいで。じゃあ、はい、お金。お釣りはいつも通りレジ横の貯金箱にだよ」
歌うように伝えると、桔梗の手に小銭を滑り入らせた。
そしてまたドアを軋ませ、氾濫の小部屋へと消えてしまった。
(第3話へつづく)