書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「伝書鳩よ、夜へ」第13話( 全19話)


   菊屋通りには昔ながらの定食屋、カレー屋、たこ焼き屋、ラーメン屋台、たい焼き屋やら中華そば店、焼き鳥屋、最近ではトルコ人ケバブスタンドやネパール料理店、タイレストランなども参入し始め、どこもかしこも安価で食わせてくれるのだから、懐の寒い住民達はこぞって菊屋通り周辺で飲み食いした。いわばここは、街の胃袋なのである。

 

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   桔梗はたい焼き屋の常連で、小腹の足しにちょくちょく買いに行くものだから、たい焼き屋の主人とは顔馴染みだった。

   「ーおじさん、今日も美味しいのちょうだい」

そう言って小銭を出す。

  「今夜は遅いね。お疲れさん」

たい焼き屋の主人はただそれだけ言って、桔梗の定番、芋餡チョコレートたい焼きを紙に包むのだった。         

 

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    雨上がりの舗道を、桔梗はココナッツ号を牽いたまま歩いた。

 

   芋餡の量がいつもより多い。


   このことに非常に気を良くした桔梗は、口笛の一つでも吹いてやろうか、とにんまりした。
   先程自分が焦り疲れて三丁目カフェを後にした、その事実はもう背後だった。背後に去った訳だから、安堵してたい焼きを食っても良いのである。 

   いつもより餡の量が少しだけ多い、ただそれだけの偶然が、桔梗の足を夜の菊屋通りに引き留めていた。

 

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  通り向こうで太った男が大笑いしている。野太い男の笑い声に、女子大生の一団、キャッキャとはしゃぐ声が、二階店からパラパラ鉄砲雨のように降り落ちて、居酒屋の軒先では酔いの回った勤め人達が、いつ終えるともなく仕事を愚痴っている。

   どこかの窓からか手拍子、下手な唄に皿の割れる音、くしゃみ、それらすべて、夜のマントは手品師の技でくるり上手に包み込むのだ。

 

(第14話へつづく)