書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「伝書鳩よ、夜へ」第11話

   「ねえ、キキ。私のお付き合いしてるのはね、お医者なの。二十も上だけど、私、あの人のこと、とっても好きよ」

 

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  「英語もフランス語もドイツ語も堪能で、ロシア語だって少しばかり話せるの。彼ね、何でもくれるのよ。会うたんびに素敵な首飾りだったり、傘だったり鞄だったり、甘い香水だったり、高価な果物だったり。この前はルブタンのヒールだったわ。どうしてこんな色々くれるのか質問したら、彼は決まってこう答えるの。君に似合うからって。似合うものだから贈るんだよ、って。彼ね、奥さんと、私とそう年の変わらない、可愛い顔した大学生の娘さんがいるんだけど、その人達には何一つ買わないくせして私にだけは何でも買ってくれるの。週末の夜、私逹、いつも一緒よ」

 

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「…でもね、物ばっかりが増えていくのよ。物ばっかりが増えて、私の欲しいものは一向に増えないままなの。欲しいものを置くはずの場所が、あの人のせいで物が占拠しちゃうじゃないの。ねえ、あんな埋め尽くされてしまったら、大事な愛情は、一体全体どこにしまえばいいの?」

少し興奮気味に話すと、アリーはまた視線を指輪に落とした。

 

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   「この指輪だって、彼がくれたの。多分とても高価よ。なんとかっていう名前のね。ー弟がこの指輪を見たらどう思うかしら。きれいな指輪だねとでも思うかしら。私のたった一人の家族、もう何にもわからなくなってしまった、可愛い可愛い私の弟、可哀想なあの子。あの子の暮らした病室には、物も飾りもなくて、ただ汚れて古びたベッドと不潔な毛布だけが置かれて、それ以外には何ひとつなかった。でもね、あそこには、愛情がいっぱいに詰まっていたの。部屋じゅうに、むせ返るほどの愛がね。ー実を言うと私、ずっと、もうずっと、あの弟の病室みたいな場所を探しているのよ。オーストラリアを出て、東京で暮らす今も、ずっと探し続けているわ。いつかはきっと見つかるはずって、一生懸命、自分を励ましながらね」

 

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アリーは溜息をつき、それから桔梗を見て、呆れたとばかりに

   「そんな顔しないでちょうだい」

と苦く笑った。

 

(第12話へつづく)