「色眼鏡」第3話(全12話)
藤枝は夢二を辞めずにいた。
平生を装って、えらく淡々と働いていた。ろくに挨拶せず帰って行く藤枝式もそのままで、せいぜいアリーを目で追いかけるのを自制している位だ。加えて、貸した金だけはキッチリ額面通り返してきたので、桔梗はこの失恋者を見直したといっていい。
6月は、夢二とオンボロアパートの往復の繰り返しだけで消費されていった。
何しろ倦怠がひどいので、床に伏すことが多く、おまけ休日ですら全てがボヤボヤ曇っていた。独り、床で休んでいると、下手な先行きの空想ばかりをする。実体の無い未来が相手だから、不安がにょきにょき伸びて、雲間突き抜けるほど、育ってゆくばかりだったのだ。
午後の太陽の下、バスの銀盤乗降ステップは厳しいビカビカ光線で、あたかも乗車を拒むようである。
反対の降車側を、今しがた手を繋いだ大学生の若い男女が降りて行った。車内には午前混雑時の余韻が残っていた。
すべての輪郭がくっきり鮮やかだった。乗車するとそれは、尚のこと色合いが増したようだった。
走行距離と比例し、桔梗は自分が気鬱から段々と離れて行くように感じていた。あのジメジメ不安視の生活が、風景と共に、1つ1つ、背後へと流れ去ってゆく。
蚤の市へは数ヶ月ぶりだった。あの雑然とした、安価で、けれど特別な何かに出会える宝島には、きっと露天商達の笑顔が咲きほこっている。
不確定の午後に、それは明るく灯って桔梗を待ち受けていた。当の本人はバスに揺られ、このひと月について考えを掘り下げ、尚且つ分析を続ける作業に暗く熱中してしまっていた。
ー疲れた。ー無力だ。
ー曖昧模糊の宙ぶらりん。
ー宙ぶらりんは不安だ。
ー漠と、不安だ。
ー人が怖い。漠と怖い。
ー漠と生きている。漠と死にたい。
漠と死のうか。...
(第4話へつづく)