「マラカス奏」第1話(全15話)
マラカス奏
歳暮を贈った。晴れた日曜だった。
焚きつけるように日本橋三越まで出向き、用事を終えると、彼女は久しく気楽になった。住まいをタダで譲り受けたとあって、その山形の某市に住まう、遠い親戚のS夫婦には、奮発して千疋屋の水菓子か、とらやの羊羹に手紙を添え、必ずや贈るよう、大原の伯父に念押しされていたのである。
多摩地区からやって来た身だ。郊外暮らしに慣れきって、都心の雑踏がどうにも堪える。三鷹以西に生活を根ざし、半年が経つ。出不精の極みとあっては、一歩たりと、そこを離れる意気地も無かった。
百年ほど、舗道を歩き続けた。脚は割り箸も同然、歳末の混雑を進むに頼りない。彼女は駅を目指した。肩が左右不均等に揺れ、覚束ない歩行を重ねよりない。
足を止め、上を仰いだ。藍にくすんだ空の、ほんの下だけが薄紅で、あれは少女時代の自分だなと思った。後から来た人に背を押され、よろめくと、薄っすら汗をかいている自分に気付いた。
冬の陽と落胆が、一緒くたに差している。通りの硝子窓に映る猫背が、寒風を受けてさらに丸まった。困憊顔、地下鉄に乗りこむ。同じ顔した人々の間に、ビッシャと挟まれ今度は押し花になった。
三鷹を過ぎ、杏北寺で乗り換えた。自宅まではあと少しの辛抱、腹が低く唸って、頭は飯のことで一杯だ。
杏北寺は食い気の街と呼んでいい。定食屋、ファーストフード店、ベーグルスタンド、洒脱なスペイン料理屋にたい焼き店、居酒屋。そこらじゅう、食い物が散っている。
(第2話へつづく)