「あなたは最高」第10話(全20話)
キムへの共感は、桔梗の律儀のお人好し精神に火を灯す格好の燃料となった。
敏感な神経症の胸は熱くなる。唯一彼女が積極性を発揮する機会でもある。お節介を使命感と勘違いし、さあ頑張ろう、人肌脱ごうかなどと思い始めてしまった。
藤枝の茶封筒のとき同様、まっしぐらに、やみくもになって言うのである。
「…キム、キム! 今日はサッサと用事を済ませて、S市観光でもして帰ろうか」
相手はポカンとした表情になった。
「何よ、急に。どうしたの?」
呆れ顔である。
「観光名所なんてないわよ。調べたじゃない、中途半端に開けた中途半端の地方都市よ。何が、観光よ」
キムは眉宇をひそめたが、おかまいなしに桔梗は胸を張り、
「つまりは、冒険だよ。これは受け取り方の問題だよ」
キムはますます分からない、と言った様子で肩をすくめてみせた。
まるで小学生じゃない。一体いくつのつもりなのよ。ただモールに行くだけのことじゃない...非難がましく聞こえそうな台詞が、幾ばくかの朗らかを願い憧れている。キムは扇風機の凝視をわずか止め、車窓の向こうに広がる夏空を眺めた。
ーこの古風なタラコ色の列車、これに揺られた暁には、きっと思いがけない冒険が待ち受けているんだ。
自らの言葉に、桔梗は胸を躍らせている。何か、目に見えぬ高揚が手ぐすね引いて呼び寄せているようにも思えた。
キムの言うように、S市は中規模の地方都市であり、車社会の街であり、店々は新銅ヵ窪や廻田町のように、洒落てはいなかった。観光地とはいい難い。ひたすら、ベッドタウンであり続けている。
便宜は効くようだ。家族世帯の生活様式に見合う街並みである。キムや桔梗のような単身者向きでは、決してなさそうだ。2人はまったくの部外者だった。
(第11話へつづく)