「あなたは最高」第6話(全20話)
「少し多めに渡そう。あいにく今月は残業代がつけられないんだ。その代わり、余った分で美味しいものでも食べておいで」
と幸せ顔で頷いてみせる。用件を伝え終えた彼は、くるり椅子を回転させ、もう背を向けてしまうのだった。
一切合切の無言であった。2人は、暗黙の了解のうちに、小部屋を去らねばならなかった。
キムと桔梗は支度にかかった。
藤枝が、その様子を遠くから見ている。対人恐怖症である彼は、キムとの衝突を引きずって、怯えている風だが、実のところ彼もまた短気の性である。キムへの嫌悪を露骨に体現しているのだ。
同じ短気の性根といえど、キムは瞬間湯沸かし器の部類である。カッとなって、すぐ冷める。
終わった喧嘩をわざわざ掘り起こす気など皆無であって、ごく自然だ。ただ、恋人との破局に、終始気を揉んでいる。
遅番出勤のアリーが姿を見せた。
キムと桔梗はハーマンに指示された通り、S市の書店へ届けるべく、書庫から取り出し胸に抱えては、せっせと鞄に詰め込んでいた。
間もなく出発しようとしている2人を目にすると、アリーは急に気の毒そうな顔を浮かべた。
「この炎天下にお使い?」
右手に持ったコーヒーをそっと啜った。
「ハーマンも、無茶なことさせるのね。酷いわ」
千葉県S市ー。おそらく何も無い、田畑広がるへんぴな田舎町だろうと2人は推測したが、検索してみると駅からシャトルバスが出ており、中規模モールもあるようだった。
シャトルバスはモールへと向かって運行しているらしい。届け先の住所は、この「中規模モール」内の個人書店だった。
(第7話へつづく)