書生のびのお店番日誌

書生のびによる、人生行路観察記

「あなたは最高」第3話(全20話)

  「設定温度はいつも26℃、風量は暑い日でも微風。わかっているね?」
  「ごめんなさい、ハーマン」

  「気をつけて」

  「オーケー」

  「じゃあ、キキ。このあと君はどうすればいいのかな?」

   桔梗はカウンター横、ブタの貯金箱を指差す。ハーマンは頷き、微笑んだ。


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   財布から500円玉を取り出し、貯金箱へねじ入れる。
   ちりん、またも涼しく言った。

 


   昼休憩から戻ると、キムと藤枝が軽い口論になっていた。

「じゃあ聞くけど、どうしてあのヘッドホン男を逃したわけ?万引きじゃない。犯罪でしょうよ」

 「つまり僕が言っているのは...」

「知り合いだからって言うんでしょう。知り合いだったら万引きを大目に見ちゃうわけ?あんたには正義感もへったくれもないわね」

「彼は犯罪者だとか、その類ではない。僕は断言しますよ。信じてもらえられないんなら、キムさんご自分で尾行でもすりゃいいんだ。そうでしょう」

「どうしてあんたに断言なんて出来るのよ。そんな仲良しでもないんでしょう。ギクシャクしてたじゃない。あんたが人と打ち解けた会話してる姿なんて、あたし見たことないし想像もつかないわよ」

「…人格攻撃に出るのは、止めてもらいましょうか」

低く唸るように言った。

「兎に角、僕は彼の善意を信じたんだ。信じることなしに人間は互いの関係なんて結べない。性悪説を説いて疑心暗鬼なんかに、成り下がりたかないですね」

  この発言に、キムは目玉をぐるりと一回転させ、不快感をあらわにした。
  そして彼女は煙草を吸いにサッサと席を外し、出て行ってしまった。


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  今度は憤怒の余韻が漂った。本と本の隙間にまで入り込み、侵入している。    

  典型的平和主義者で臆病の天分である。桔梗にしてみれば、憤慨が溶け合うこの空気を吸い込むこと自体が、窒息死を招きかねないほどである。

 

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  まずはビニール袋の口をキュッとすぼめる。そこから息をフーッと吐き入れ、そして吐きこんだ息を今度は吸う。肺に二酸化炭素を取り込み直してやるのだ。この呼吸法を落ち着くまで繰り返す。過呼吸の波は、これにより収束してゆく。

 


   藤枝は桔梗が過呼吸の対処に忙しくしている間に昼休憩へ出たらしい。
  いつの間にかいなくなって、相変わらず藤枝式である。

 

(第4話へつづく)